ら以前の文学史は律文の文学史である。だから、律文の文学史――万葉集の歌の出来た順序に就ての解説は当然、奈良朝までの日本古代の完全な文学史になるのである。
文学であると言ふ以上、永久性がなければならぬ。文学は即座に消えるものではない。処が不都合な事は、昔は文字がなかつた。尠くとも、日本文学の発生当初に於ては、文字は無かつた。文字の無かつた時代の文学は、普通の話と同じ様に口頭の文章によつて伝へられてゐた。つまり今言ふ童謡・民謡の如き文章、而もたゞ、口頭の文章と言うても、人の記憶に止まらぬ文章は永久性がない。永久性のある文は、韻文・律文でなければならぬ。散文の文学が、文字のない時代に永久性をもつて居たと考へるのは間違ひである。
其次に、律文であつても、遺らねばならぬものと、遺る価値の無いものとがある。つまり、其村々・国々の生活の中心になつて居る年中行事として繰り返されるものでなければ、永久性はない。今日に於ても、昔からの宗教の力の遺つて居る言ひ習しや、しきたり[#「しきたり」に傍線]や、信仰がある。今日の生活に関係の無い迷信・俗信がある。吾々は迷信と思つて居りながらも退け得られぬ信仰がある。
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