。即、ほかひ人[#「ほかひ人」に傍線]の語る大切な詩である。宮廷で長いものを取り抜いてゐると同様に、民間でも、長い詩の中より、一部分を取り抜いて、おもしろい部分のみが、ほかひ人[#「ほかひ人」に傍線]によつて歌はれた。そして、田舎の粗野な人間の間に、なつかしい尊い恋愛の情緒を歌はせる様になつて行く。此は、藤原の都より以前から、あり来つた事である。ほかひ人[#「ほかひ人」に傍線]が、田舎の粗野な人々の石の様な心に、油の様な雫《しづく》をたらして行く。其証拠は、万葉集に、よく現れてゐる。巻十三の、藤原の都の頃と思はれる民謡に、宮廷の大歌と同じいと思はれる様なものが、尠くとも二首ある。
身に沁む様な恋物語が、ほかひ人[#「ほかひ人」に傍線]によつて伝へられ、其影響が粗野な村人の心に非常な美しさとして遺されて行つた。此情緒に惹かされて、歌垣の歌が、次第に美しい潤ひを帯びて来た。一例をあげて見ると、南より北へと植民した、安曇氏の一族がある。其が、海人部の民を率ゐてゐる。其安曇氏の移動して行く途に、のこされたに違ひないと思はれる、安曇氏の歌があつて、記・紀の中にも、採られてゐる。「天語り歌」とある
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