のと考へるのは、やまとたける[#「やまとたける」に傍線]や義経も、石の槨《カラト》の口さへあければ、現代人と直ちに対話をまじへる事が出来ると信じる事である。
記・紀の叙述と、其に書記せられなかつた以前の語部の素《ス》の物語の語りはじめとでは、其昔と言ひ、今と言ふにも、非常な隔たりがある。記・紀に「ある」と書いてゐる事は、既に幾十百年以前に「ない」ときまつた事であるかも知れぬ。わりあひに変動の尠かるべきはずだからと言ふので、名詞の内容を千年・二千年に亘つて変らぬと考へる人は、通弁《ヲサ》なしに古塚に出かけて、祖先と応対が出来る訣である。
物に驚くこと、猶今日の我々の如くであつた祖先は、明治・大正の子孫が日傘・あげものと言はずに直ちに、ぱらそる[#「ぱらそる」に傍線]・ふらい[#「ふらい」に傍線]と言ふ様な、智慧ある無雑作は持ち合せなかつた。物と物とを比べて、似よりの点を見つけては、舶来の四角な字に国語の訓みをつけて置いた。其中に四角な文字其儘の事物が渡つて勢力を得る様になれば、国語の軒端を貸した固有の事物は、どん/″\と取りかへられて、母屋には何時の間にか、殆ど見知りのなかつた新しい事物が座りこんでゐると言ふ、直訳に伴うて起り勝ちの事実が、はた[#「はた」に傍線]と言ふ語及び品物の上にもあつた。
三
語部が語り始めた頃のはた[#「はた」に傍線]は、今の日の丸の国旗の様な形と用途とを持つて居なかつたかも知れぬ。斉明天皇の四年、蝦夷渟代[#(ノ)]郡[#(ノ)]大領|沙尼具那《サニグナ》以下に鮹旗廿頭、津軽[#(ノ)]郡[#(ノ)]大領馬武以下にも鮹旗廿頭を授けられた(紀)のは、同族の反乱に当てる為であらうが、鮹と言ひ、頭と言ふのは、其旗の形容を髣髴させて、三巻書の縄の幡に近づかしめる。
字面通りに想像すれば、竿頭には円く束ねた物があつて、其から四方八方へ蛸の足の様に、布なり縄なりが垂れて居る形で、今日地方によつては、葬式の先頭に髯長く編んだ竹籠を、逆に竿頭につけて、紙花を飾つてふつて行く花籠なども、其に引かれて思ひ浮べられる。今日旗の竿|尖《サキ》につく金の球《タマ》や、五月幟の籠玉の源になる髯籠《ヒゲコ》(髯籠の話参照)の筋を引いた物に相違ないのである。まさかに縄のゆふしで[#「ゆふしで」に傍線]や、竹の髯籠や、花籠を下されたものとも思はれぬが、今の日の丸の旗などゝは大分遠い、却つてばれん[#「ばれん」に傍線]などに似よつた形の物ではなかつたらうか。
もつと異風な幡は、前にあげた肥前風土記|基肄《キイ》[#(ノ)]郡|姫社《ヒメコソ》[#(ノ)]社《ヤシロ》の由緒に見える。姫社郷の山途《ヤマト》川の門《ト》(川口か)の西に、荒ぶる神が居て、道行く人をとり殺すので、其訣を占ふと、筑前宗像郡の人|珂是胡《カゼコ》に、自分を斎《イハ》はせれば、穏かにならうとあつた。珂是胡《カゼコ》、幡を捧げて祈るには「実際私に祀られようとの思召しなら、どなた様であるかお示し下さい。其には、其本処のお社に、此幡が風に乗つて行つて落ちます様に」と言うて、幡を挙げて、風に順うて放つた処が、御原郡の姫社之社に墜ち、再飛び返つて、山途川の辺の田村に来て落ちたので、神の在処《アリカ》が知れたとある。此幡、今日の人の考へに這入つてゐる旗の様な物ではなく、形は違うてゐるとしても、幣束と同じ用をした物である事だけは、否定が出来ぬ。
小子部《チヒサコベ》[#(ノ)]栖軽《スガル》が三諸《ミモロ》山の神を捉へに行つた時は、朱蘿《アカキカヅラ》をつけ、朱幢《アカキハタ》を立てゝ馬を馳せた(霊異記)と言ふ。神を捉へたと言ふのは、後期王朝の初めの人の解釈で、実はあかはた[#「あかはた」に傍線]を立てゝ、神を迎へた事を示して居るのである。神功皇后が小山田[#(ノ)]邑の斎宮に入つて、自ら斎主となり、武内[#(ノ)]宿禰に琴を撫《カキナ》らさせ、烏賊津《イカツ》[#(ノ)]使主《オミ》を審神者《サニハ》として、琴の頭・琴の尾に千※[#「糸+曾」、第3水準1−90−21]高※[#「糸+曾」、第3水準1−90−21]《チハタノタカハタ》を置いて、七日七夜の間神意を問はれた(神功紀)とあるのは、沢山の長《タケ》の高い幣束で琴の周りをとり捲いて、神依り板[#「神依り板」に傍線]に、早く神のより来る様に、との用意と見る外はない。
外国語学校の蒙古語科の夜学に通うた頃、満洲人|羅《ロオ》氏から、蒙古語で幣束を Hatak と言ふよしを習うた。其後、三省堂の外来語辞典が出たのを見ると、鳥居龍蔵氏が、はた[#「はた」に傍線]の語原を、蒙古のはた[#「はた」に傍線]即幣束に関係あるものとして居られた。此は恐らく、子音kを聴きおとされたのでは無からうかと思ふ。又、白木屋の二階であつた同氏
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