部分のないと言ふやうな文學は、まあ、ないやうである。經典を見たつて、欲望を唆る樣な箇處はあつて、それ/″\昔から知られてゐる。倫理書をのぞいても、其當時々々の社會の秩序を破る思惟を誘ふ部分と謂つた處は、皆それ/″\あるのである。其が文學としての傾向の著しいものになると、文學としての性質上、更に激しくなつて來るまでゞある。
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我々は祖先の世から、美しい次代を創りあげようとして、苦しんで來た。其爲に、幾人とも知れぬ犧牲者を出して來てゐる。さう言ふ苛烈な經驗をした人々よりも、も一つ先にのり出して、自分の書き列ねてゐる語をつきつめて行つて、どうしても逢著しなければならぬ新しい境地を、ちらつと見ると言ふ處まで達したのが文學者のある者である。
言語文章を似て、彼等は、人生の論理を追求して行つた。さうして、美しい次代の俤を、自分の文學の上に、おのづから捉へて來た訣である。
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かう言ふ新しい生活に對する豫言が、正しい文學、優れた文學の持つ、文學としての第一の資格であつた。だから謂はゞ、文學の持つ美は腕の脱落した、過去のみゆうず[#「みゆうず」に傍線]神の擔任する美と
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