を持つて居たと言ふ点を説く事に進んだのである。さうして呼応と言ふ習慣が、どう言ふ意義を、国語発達史の上に持つて出て来たのか、其と同じく、条件文省略が、其気分的欠陥を補ふ為に、幾度も敷衍を重ねて行く事を述べた。畢竟国語における副詞句の発達は、古ければ古いほど、文章的であつた。さうして、其が固定に固定を重ねて単純な所謂単語としての副詞を用ゐる様になつた。さうした事が、可なり早くから進んだ文献を持つた民族の言語的遺産の上にも、窺ふ事が出来る、と言ふ事を示したかつたのである。
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……その波のいやしく/\に、わぎも子に恋ひつゝ来れば、あごの海の荒磯の上に、浜菜つむ海部処女《アマヲトメ》等が、纓有領巾文光蟹《ウナゲルヒレモテルカニ》、手に纏《マ》ける玉もゆらゝに、白栲の袖ふる見えつ。あひ思ふらしも(万葉巻十三)
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決して、単に纓有領巾文だけを照るかにで受けたものではなかつた。尠くとも、あごの海以下の句は、最初は詞章を構成する筈であつたのが、卒然として、「かに」によつて、副詞句化せられたのである。かうした長い副詞句が、元は文章であり、又、其が為に、文章的でなければならなかつた為の条件法を具へた副詞句が、次第に単純化せられて行つた。さうして「けなばけぬかに」が新しい発想法の上から「けなばけぬべく」と直り、更に「けぬべく」だけで訣る様になり、愈端的に、「露霜の」など言ふ所謂序歌的なものを全然ふり落す様になる、さうした径路は、まだ実は半分しか辿りきれて居ないのであつた。
こんな処で、一言するのは、大方のお心を混乱させる事になるだらうと思ふが、此だけは申し添へて、言ひ残した部分の註釈にもと考へる。かに[#「かに」に傍点]の「か」は、実は、所謂形容詞語根につく「み」「け」「さ」の「け」で、事実、「げ」でなかつたのである。同時に、「しづか」「かこか」「たしか」などの「か」でもあつた事である。さうして、さうした固定した附属辞のやうな形式化は可なり進んでからの事だと信じてゐる。
而も、此等は偶《たまたま》古代的詞章の、片影の固定したものを包含した、其さへも古い時代のものゝ中に見られるのである。殆全部が、新しくなつた中に、ほんの少し俤を止めたもの、と言ふに過ぎない。だから、我々は、その文法的職分を説くに十分な材料を持たなかつた訣であるのだ。だが、かうして見ると、そこに稍、ある説明らしいものゝ出来上つた気がする。一つ/\の解説については、間違ひのないと言ふ事は保証出来ない。だが大体の方法において、過誤がなくば、かうした隠れた事実のあつた事を示すだけには、役立つ。
かやうに持つて廻つた様な解説が、忘れられた文法研究の一つの方法であると共に、実は今一つ、私の常に考へる所の終著は平凡にして、過程には、多少変つた処のある方法を寓したつもりであつた。即、言語詞章は、常に複雑から単純に赴く、と言ふ信念の表白及び、その論理なのである。



底本:「折口信夫全集 12」中央公論社
   1996(平成8)年3月25日初版発行
初出:「国文学論究」
   1934(昭和9)年7月
※底本の題名の下に書かれている「昭和九年七月刊「国文学論究」」はファイル末の「初出」欄に移しました
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年11月30日作成
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