な処だが、訣らない。「何せむに」と見るならば、「七種の宝も我には何しに宝ならむや。わが中の宝といふは、白玉のわが子古日なり」と説くべきであらう。
ともかくも、「白珠も、黄金も、珠も、宝なりと謂はるれど、何しに子にまされる[#「まされる」に傍点]宝ぞ。豈子に次《シ》かめや」と言ふのである。かうして、此二つを並べて見ると、長歌の方は、叙述部に当るものを、ふるひ落して意の通じるものとして居り、短歌の方は、古風を残して居て、更に、次代の合理解に移る過程を示してゐるではないか。
「まされる宝」は、「子に次かめやも」の、全然独立した詞句とは関係のない様に見えるが、今一段にして「まされる宝、子に……」と謂つた風に気分的に接続しかけて居たゞらうと言ふ事も考へられる。「まされる宝」のまされるは当然、この句が上につくべきを示してゐるのだが、条件文の呼応は、呼応そのものゝ責任感だけを長く存して居て、実際の論理的職分は忘れて了ふのである。だから、第二の解釈の様な「まされる宝、子に……」と続けて考へられるのも、無理はない訣である。
後期王朝の物語日記の文章には、更にかうした事が多く見られる。「あはれ」と言ふ語は、殆悉く「おもしろし」にも、「かなし」にも、「うれし」にも、何にでもつく事を予想して、すべてを省略してゐる。さうして、「あはれなり」「あはれの……」「あはれなる……」など言ふ風に用ゐられる。だから、「あはれ」その語の含蓄自身が、広い様に見えるのだ。此などは、馴れ過ぎて問題にすらならない。皆「あはれ」独自の用語例と考へてゐる。
又譬へば、「あさましく」と言ふ副詞形においても、皆其下に来る叙述語を省いて、この修飾語だけで気分を十分に出して居る。更に其を含んだ形として、「……あさまし」と文を綴める。「たまげる程……だ」と言ふ、気分には、悲しさもあり、情なさもあり、醜さもあり、嬉しさもある。其が段々近代の「情なさ」を表す傾向に、次第に用語例が統一せられて来たのだ。又譬へば、「わりなく」「わりなし」の場合でも、さうである。多くは、此下の叙述語を省いて、其を直に気分的に思はせる習慣になつて、遂には其自身に、ある意義が加り、固定する方に傾く。
「なか/\」なども、とてもかうした例を多く持つてゐる。もつとひどいのは、「うたて」である。
七
――うたて
「うたて」は、副詞形として、特殊なもので、
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得田価異《ウタテケニ》心いぶせし。ことはかり よくせ。吾が兄子。逢へる時だに(万葉巻十二)
秋と言へば、心ぞいたき。宇多弖家爾《ウタテケニ》、花になぞへて見まく欲りかも(同巻二十)
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後のは、擬古作家なる家持の作だから、個々の語には信用は置けないが、此などは、当時まだ生きてゐた用語例らしく思はれるので、間違ひではなさゝうだ。
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わが宿の毛桃の下に月夜さし 下心吉《シタコヽロヨシ》(苦《(グシ)》)莵楯頃者《ウタテコノゴロ》(同巻十)
三日月のさやかに見えず雲隠り 見まくぞ欲しき。宇多手比日《ウタテコノゴロ》(同巻十一)
何時はなも、恋ひずありとはあらねども、得田直比来《ウタテコノゴロ》恋ひの繁しも(同巻十二)
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あげるもこと/″\しいが、此が今まで知れて居る、万葉集における用例の総計であらう。古今集には、あやまりかも知れないが、異例として、
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花と見て折らむとすれば、女郎花うたゝあるさまの名にこそありけれ(古今巻十九)
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が残つてゐる。此などは、うたて[#「うたて」に傍線]でもさし支へのない内容を持ち乍ら、真実ならば、形だけに、古風を存してゐると謂へる。
万葉のは、「うたてけに[#「けに」に白丸傍点]」又は「うたて此ころ[#「此ころ」に白丸傍点]」と言ふ風の形しかない。もつと外の表現もあつたのに違ひないが、此だけで見ると、他のものも、或はかう言ふ風に、一日々々とある状態に進むことを見せてゐる。「けに」は言ふまでもなく、「日にけに」の「けに」である。「このごろ」は「幾日以来」だから、日頃における進行を示すのだ。其から見ても、「うたて」にも、益・愈などの意味の含まれてゐることが、推定せられる。即、日本紀旧註其他、漢文訓読の上に残つてゐる「転《ウタヽ》」に、ぴつたり当るものである。
本来、「うたて」には、「憂し」の系統に属する内容はなかつたのである。処が、歌の上で、用語例が偏して来た為に、叙述語の方から影響を受ける様になつたのだ。
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花見れば花に慰まず転《ウタヽ》益、花になぞへて、人を思ふに、心痛むを覚えるのである。秋と言ふほど、愈[#「愈」に白丸傍点]心が痛いのである。
かうして逢ひ得た今
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