例で見ても、反対する・逆に出る・非難するなどの意味を持つたものばかりである――が、古くはもつと広い意味があつたと思はれる。尠くとも演芸史の上からは、物まねする・説明する・代つて再演するなどの意味を持つ、説明役であつた事が考へられる。猿楽に於けるをかし[#「をかし」に傍線]は、此から変転してゐると見られるのである。
をかし[#「をかし」に傍線]は、をかしがらせることから言ふのだとするのが、一般の解釈の様であるが、実は、他人の領分にまで侵入するからのをかし[#「をかし」に傍点]で、犯しである。勿論これにも、からかひ[#「からかひ」に傍点]の意味を持つた用語例もある。平安朝の用語例で、をんなをかし[#「をんなをかし」に傍線]などゝ言うたのは、女をからかふ[#「からかふ」に傍点]ことで、今日警察の厄介にならねばならぬやうな意味の事を言うたのではない。
併し、猿楽に於ける此役名には、もどき[#「もどき」に傍線]と同様、説明役の義があつたらしい。狂言と言うたのは、興言利口などゝあるやうに、言ひ立て・語りの義から出た名称で、此に狂言の字を当てたのは、其言ひ立て・語りに、をかし[#「をかし」に傍点]味があつたからだと思はれる。いづれにしても、猿楽能のわき[#「わき」に傍点]芸だつたので、此脇方からの分立が、やがて、能と狂言とに岐《ワカ》れて行つたのである。
一体、能楽ほど多くのわき[#「わき」に傍線]を持つてゐるものは尠い。あい[#「あい」に傍線]・能力[#「能力」に傍線]がそれであり、狂言の方には、あど[#「あど」に傍線]――して[#「して」に傍線]役をおも[#「おも」に傍線]と言ふに対して、脇方を言ふ名――がある。茲で、多少結論に近い事を言ふなら、猿楽はもと/\、脇芸であつた。能楽と改称はしても、もと/\其が本領であつたのだから、宿命的に此約束が守られて、幾つものわき[#「わき」に傍線]芸を重ねて行く様になつた。能の演芸番組は、さうして成立してゐるとも見られるのである。

     三 わき[#「わき」に傍線]の語原

猿楽の先輩芸は、田楽であつた。田楽は、五月の田遊びから出てゐる。田遊びに呪師《ノロンジ》系統の芸能が加味し、更に、念仏系統のものが加はつて、田楽が出来たのであつた。此田楽には、それの副演出として、田楽能が行はれた。後世では、田楽と言へば、舞ふ事と奇術・軽業《カル
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