から、如何にも王号としては、不似合に感じて、更に別の敬称を重ねる様になつたものと見るべきであらう。初代の尚円を、按司添など称するのは、如何にももの/\しい。遥か後の追号としてさうなつたのである。「金丸按司」だけで通用したものであらう。
琉球では童名を為来《シキタ》りの上から重んじてゐる。其は古くは、童名だけだつたのである。だから、王でも神号がなければ、童名のまゝ伝るのであつた。王号は其に加へるやうになつたものである。童名も、古いのを並べて見ると、意味が見出される。
思徳金《オミトクガネ》(尚円)。音智殿茂金(尚円女、聞得大君)。於義也嘉茂慧《オキヤカモヱ》(尚真)。思戸金按司加那志《オミトカナアジカナシ》(尚真夫人)。思徳金(子、浦添王子)。真武礼金(同子、今帰仁王子)。真三良金《マサンラウガネ》(同子、越来王子)。尚清は童名真仁尭樽金。妃は、思銭金按司加那志、夫人(1)[#「(1)」は縦中横]真鶴金《マツルガネ》、夫人(2)[#「(2)」は縦中横]真美那古金《マミナコガネ》、夫人(3)[#「(3)」は縦中横]真世仁金。尚清子の中、伊江王子は童名金千代金と伝つてゐるのは、伊江家の元祖として、其家での伝へだらう。童名は近代に到るまで、正式にはかね[#「かね」に傍線]を敬称語尾に持つてゐて、男女に通じてゐる。といふよりも、元から区別のなかつたものと見るべきであらう。
日本の古語中世語に渉つて、かなし[#「かなし」に傍線]はかはゆい[#「かはゆい」に傍線]・いとしい[#「いとしい」に傍線]・愛すべきもの[#「愛すべきもの」に傍線]或は繊細なものを意味してゐた。糸を言ふかないと[#「かないと」に傍線]略してかな[#「かな」に傍線]、蛇に似て繊細なるが故のかなへび[#「かなへび」に傍線]はとかげ[#「とかげ」に傍線]であつた。娘の名にもかな[#「かな」に傍線](半固有名詞)が多かつた。幼童の鍾愛に堪へぬ者をかな法師[#「かな法師」に傍線]と言つた。かなし[#「かなし」に傍線]は古い形容詞であり、かな(かね)はその語根だつたのである。琉球王族等の童名の「金」は先祖金丸王の金と関係してゐるのだ。が、固よりかなし[#「かなし」に傍線]と近接した関係から、敬称と童名とに残つた訣だ。恐らくあらたまつた[#「あらたまつた」は太字]感情を添へて言ふことを続けたのが、敬称になつたもので、一方には、馴れ/\しい感情で呼びかけるのだから、熟称とも言ふべきものとして童名のあと[#「あと」に傍線]につくものと固定化させた。此が尊称と熟称とに分れたゞけの事である。熟称なるが故に、語根だけになり、尊称なる故に正式にかなし[#「かなし」に傍線]といふ形を持ち続けて行つたのだ。其には今一つ、日本の愛すべきもの[#「愛すべきもの」に傍線]と言ふのと、琉球の尊いもの[#「尊いもの」に傍線]といふのとでは、おなじかなし[#「かなし」に傍線]、かな[#「かな」に傍線]が、心に融合しては受けとれない。其には、も一つの感情の流れがある。
かなし[#「かなし」に傍線]名のついた女君の中、注意すべきは、伊平屋《イヒヤ》の阿母嘉那志《アンガナシ》である。尚円の姉の系統をつぐものとして、離島女君の中第一に置かれてゐる。女性に対する親称で、目上に言ふ。母、伯叔母の義。あんがなし[#「あんがなし」に傍線]はかなしあも[#「かなしあも」に傍線]の逆語序である。
かなし[#「かなし」に傍線]は可愛い[#「可愛い」に傍線]だが、尊敬すべきもの[#「尊敬すべきもの」に傍線]と直に変化したのではない。思ふに「神によつて愛せられるもの」と言つた考へ方から、「さうした神鍾愛の人」と言ふことによつて、特定の人をさし示し、神の恩寵に与らしめ、禍から守らうとした――さうした、此は神の愛すべき人として、神に向つて指示したのが、「……かなし」であつた。「金」の場合は、一層よくわかる。童子なるが故に幼年から成人するまで、神の恩寵を保証して、かね[#「かね」に傍線]或はかな[#「かな」に傍線]と言つたのが、かね[#「かね」に傍線]と音が固定したものと思はれる。其は、おなじ童名にまだ類例がある。此も男性女性に通じて、多くついて居り、金と併用し、又は別々に使つた「思」である。尚円は思徳金であり、尚真は真加戸樽金で、「思」は見えぬやうだが、神号|於義也嘉《オキヤカ》茂慧《モヱ》[#「茂慧《モヱ》」に傍線](又は、おきやかもい)が「思」の存在を示してゐる。おきやか[#「おきやか」に傍線]は名の根であり、もい[#「もい」に傍線](茂慧)は「思」である。其は父尚円の妃世添大美御前加那志と言はれた人の童名宇喜也嘉[#「宇喜也嘉」に傍線]といふのと同じであつて、其にもい[#「もい」に傍線]がついて居るものと知れる。
思(オモヒ)は、か
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