太字]との結合に飛躍したばかりでなく、もつと言語心理の複合形態の深さが窺はれるのである。
語の古さは、荷前より或は古いかとも思はれるが、その行はれた範囲が広く、生存期間も其より長かつたかたみ[#「かたみ」に傍線]と言ふ語――、平安期には相当の古語であつたにかゝはらず、まだ語の青春期の姿が見えるやうだつた。此は古くからの信仰、身の形《カタ》――身形の逆語序である。信仰する当体の身その物と信じるものを、自分の身にとりつけておくことによつて、その身についた霊魂を放さないでおくことが出来るものと考へた。此信仰が広がつて、旅行者自身の霊魂に、巫女・親近女の霊魂を併せ持つて行くことの出来るものと信じてゐた。さうした意味においての「身がはり」であり、身のかた[#「身のかた」は太字]である。が、代表的なものは、相手が身にとりつけてゐた衣服である。愛人の肌に近い著物を、我が身に著こめることである。この信仰が広がつて、衣服贈答の風が、我が国では、久しく保たれた。死後のかたみ[#「かたみ」に傍線]と言ふものは、広い意味の遺物・遺産である。これが、古代・中世から近代――若しくは現代に到るまで、内容の変化・信仰の深浅はあつても、語としては存続した。これが後代に現れた語でなく、前々代からの襲用であつたのだ。
また「互に」を意味し、「迭に」といふ宛て字の用ゐられてゐる「かたみに」と言ふ語も、此名詞の慣用の上に生じた、特殊な意義である。
かたみの衣[#「かたみの衣」に傍線]は互にとりかへて著るものだからである。身がはりとして衣を与へると、其に対して、相手の人から贈られる形式が、普通に行はれるやうになつた為である。
古代の文学的な表現では、「おのがきぬぎぬ……」とも言ふ。かたみ[#「かたみ」に傍線]とかたみ[#「かたみ」に傍線]とを交互にとりかはす行為を元として、相互に・交互にの意味を持つた「かたみに」と言ふ副詞が分化したのである。かたみ[#「かたみ」に傍線]と言ふ語は、近代に近づくほど、「死にがたみ」に傾くが、古代から中世へはむしろ、「生きがたみ」、或はもつと「身がはり」と訳した方が適切な用語例を持つてゐた。
「身のかた」「かたみ」といふ風に、正逆にふり替つたものと一往は言へるが、必しも意義の端々――論理や、言語表現の端々にまで、そつくり逆になつてゐると言ひきれないものがある。
意義の根柢になる表象は、「身」と「形《カタ》」とが聯関してゐるのだが、其がそつくり、ひつくり返つてゐるのではない。正語序の時代になつて、譬へば「みかた」「みのかた」と言ひかへる慣しが出来てゐたとしても、「したうづ」「したすだれ」のやうには、裏返しにはなつて居まい。抑、此場合は、逆序時代に出来た熟語を、正序時代の語意識に置いて考へることになると言ふ不自然がある。
さうした正逆いづれか一つに止ると言ふことは、結局正語序だけがあると言ふことになるので、かたみ[#「かたみ」に傍線]の如きは、時代の古いものなる為に、さうした判断をするわけである。
明らかに時代によつて、語序をふりかへてゐたものゝ中では、「とり見る」「みとる」などが、著しいものだらう。みる[#「みる」に傍線]は「世話をする」「ねんごろにとりあつかふ」など言ふ内容を持つてゐて、うしろみる[#「うしろみる」は太字](後見る)・たちみる[#「・たちみる」は太字](立ち見る)、中へ入つて世話をやく=仲裁すると言つた用語例の語=とる[#「とる」は太字]は「手づからする」「扱ふ」、さう謂つた意義に使はれることが多い。この「とる」と「みる」との二つの観念の間に加つて来、又|自《オノヅカ》ら生じるものがあつて、唯とる[#「とる」に傍線]・みる[#「みる」に傍線]との機械的な接合ではない。古くはとりみる[#「とりみる」に傍線]であつたのが、何時か、「みとる」に移つてゐる。「みとる」は看護すると言ふ風に飜訳せられてゐるが、直接にめんどうをみ[#「直接にめんどうをみ」に傍線]・世話する[#「世話する」に傍線]と言つた所から、介抱する・看護するといふ風になつて来たものなのだ。とりみる[#「とりみる」に傍線]もおなじであるが、母がとりみる・妻がとりみるなど言つて、看護よりも手づから、髪や、手や身など持つて、撫で育むやうな用例だから、今少し、個々の表現のしかたで、自由な意味に動いて行くことは考へられる。大体において、とりみる[#「とりみる」に傍線]・みとる[#「みとる」に傍線]には語序時期が示されてゐる。
其と共に、これなどは語序転換の根本条件なる、言語部族の変化と言ふことに関係は薄いかも知れぬ。語序の変化を経歴した語族の中で、単一な時代的変化が起つて来る。一部族の中に、語序変化の起るといふことの事実を見せてゐる例だとすることも出来よう。併しこれなどは、語
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