はない。併しひめ[#「ひめ」に傍線]乃至ひこ[#「ひこ」に傍線]と言つた語が、敬語といふ意識を以てはじめから使はれてゐたか、どうかは問題である。神聖な資格を示す名であつたのが、次第に敬意を孕み出したのであるから、古くは自ら別途の意義を表してゐたものと考へてよい。語頭にひこ[#「ひこ」は太字]の遺つた例は、之に比べると、極めて豊富である。
九 彦の論
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ひこ・くにぶく(彦国葺)
ひこ・さしり(彦狭知神)
ひこ・いつせ(彦五瀬命)
ひこ・ます[#(ノ)]王《ミコ》(彦坐王)
┌ [#(ノ)]主┐
ひこ・さしま│彦狭島 │
└ [#(ノ)]神┘
ひこ・ほゝでみ(彦火々出見[#(ノ)]命)
ほゝでみ(火々出見命)
あまつひこね(天津彦根命)
あまつひこねほのにゝぎ(天津彦根火瓊々杵尊)
あまつひこひこほのにゝぎ(天津彦々火瓊々杵尊)
かむやまといはれひこほゝでみ(神日本磐余彦火々出見天皇)
ひこなぎさたけうがやふきあへず(彦波瀲武※[#「顱のへん+鳥」、第3水準1−94−73]※[#「茲+鳥」、第3水準1−94−66]草葺不合尊)
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「彦」を名頭《ナガシラ》に頂いた人名(神名)は、単に之に限らず相当に多いが、大抵は、純然たる逆語序時代に固定したものが、忘却の時代に入つて安定状態にあると言つた風のおちついた語感を与へてゐる。だから、かうした人名が行はれ、固定し、運搬せられて来て、死語化した歴史を、一語々々が示してゐると言つても、言ひ過ぎではない。殊に神名の系統の語の中には、旧語序によつて出来てゐる語の形に倣つて出来た――たとへば奈良時代前になつたと見える新しい古典語などもあつたらしい。中には、くにぶく彦・さしり彦・いつせ彦・さしま彦など言ひかへても、元の名の持つた感覚をうけとることの出来さうな種類もあつて、多くの古代人名の間には旧語序から新語序におき替へて伝つたものもあることを思はせてゐる。併し書物に残つた多くは、新語序時代には、すでに静かに固定して、さう言ふ風に言ひかへる必要がなくなつてゐたのであらう。
殊に、ひこいつせ[#「ひこいつせ」に傍線]の場合は、五瀬命を、古い語序では成程さう言つたらうと思はれるものがある。即、五瀬命或は「五瀬彦[#(ノ)]命」と言ふべき所であ
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