際、亡き女鳥王《メトリノミコ》の珠を盗みつけた大楯[#(ノ)]連の妻を見つけられたことが語られてゐる。其で見ると、日本紀に、其年から五年目、三十五年夏六月、皇后磐之媛命、筒城[#(ノ)]宮に薨ずとあるのは、古事記の伝へとは、別のところから出てゐるのである。磐之媛のうはなり[#「うはなり」に傍点]ねたみに関した歌は古事記に伝へぬものが、之には記してある。其中、八田皇女を宮中に納れることの同意を求められた時の唱和の歌の中に、「夏むしのひむしの衣二重著て、かくみやたりは、あによくもあらず」と言ふ皇后の御歌は、あり場処の伝へが誤つたのでなからうか。古事記の伝来には、之を失つてゐる、が、このぬりのみ[#「ぬりのみ」に傍線]の家の条に持つて来れば、最適切な感じがする。さうして其上に、今一首、皇后のうちとけて相あひたまふお心をよんだ御歌があれば、完全なのだといふ気がする。ともかく古事記は、明らかに志都歌としての効果のあるべき原因を示してゐるのである。
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序に言ふ。万葉集巻一に、雄略天皇、巻二に磐姫皇后、各御歌を巻頭にすゑ、第二首目からは、遥かに時代離れた飛鳥、近江朝の歌を並べて
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