の物語、これに関聯した「天語歌《アマガタリウタ》」なる雄略朝の歌々があり、又海の流離譚に縁を持つ、軽[#(ノ)]太子・軽[#(ノ)]大郎女の天田振《アマタブリ》の如きも、其らしいし、万葉・日本紀・常陸風土記に痕を止めた麻績《ヲミ》[#(ノ)]王《オホキミ》の海人歌(仮りに命ける)などが其だ。さうして、其系統を襲ぐものとしては、後々まで、日本文学の発想法の一類型とも言ふべきものが、続々として出て来てゐる。即、石上乙麻呂の歌――及び詩――、中臣|宅《ヤカ》守・茅上郎女《チカミノイラツメ》の相聞連作、源融・小野篁・在原行平の歌、其から更に源氏物語その他の、貴人流離の物語の人生観を誘導してゐる。
又一方には、我々が穴師部――或は穴太《アナホ》部――の物語と称へてゐる所の、幼弱なる男女の貴人の、棄てられて水たまる道に仆れ死んで、転生する物語なども、彼等が行うた山の聖水の禊ぎと、関係した古物語であるのだらう。此が、竹取物語・恋[#(ノ)]淵譚(伊勢物語)などゝ謂つた文学の、限りない型に岐れて行く。
かうした叙事詩が、殊に、其自身の中に抒情部分を分出して来ること、而も其が、其一聯の詩の生命を扼する部分となることも、先に述べた呪詞の中の真言の場合と同じ形をとつて来るのであつて、歌なるものゝ発生は、極めて徐々として、力強い歩みを進めて来たのである。
新呪詞
我々は、祝詞を伝統的に古く見過ぎてゐる。今ある延喜式記載の形を、そのまゝ最古形と信じないまでも、其表現発想の方法を以て、文章詞章を通じての、日本式最古の形を保存したものと言ふ様に考へ慣れてゐる。だが、今ある此平安初期に記録せられた祝詞は、寧、奈良朝に製作せられた宣命よりも新しい形と、考へ方とを含んでゐる。宣命がその都度、新撰せられた様に、祝詞も亦、改作を重ねて来たことを考へねばならぬ。唯祝詞の場合、人事の――宣命における――如く変化甚しくないから、部分改作に止つたであらうが、宣命は、特殊な社会的境遇に立つ故に、常に変化して行つた訣だ。宣命と祝詞との似よつた点、更に万葉の長歌と、祝詞の修辞と、その近似を捉へて、先輩は、すべて祝詞の模倣と考へて来た様だ。だが、此は寧順序を逆にして見直さねばならぬ。だが一層、かう考へる方が、正しいものと言へよう。宣命自身、単なる擬古文に過ぎないものである。奈良朝の文法からは、既に、古文の、円満な理会によつて出来たもの、と言へなくなつてゐる。用語例などにも、前代の呪詞の語義・語法を誤解して用ゐたものが多い様である。宣命の外、長歌などでも、人麻呂以後、皆模倣の中から、纔《わづ》かに新発想を出さうと努めたに過ぎない。即、叙事詩・抒情詩の用語の外に、呪詞の要素を、多くとり入れて来てゐるものなることが見られる。
呪詞の後は、正しく祝詞であるから、呪詞の持つて居た、一つの要素なる演劇分子をも含んでゐるに違ひない。唯今日において、其を見出す事の出来ぬ程、固定したに過ぎぬ。民間に於いては、早くから断篇化した様子が窺へる。譬へば、中世以来の「柳の下の祝言」など言ふ行事は、今日も諸地方に「なりものおどし」の呪文として残つてゐる。呪詞も、奏詞も、極端に簡単になつてゐるが、問答の形を、そのまゝに残してゐる。成熟を誓約する儀礼なることを見せてゐるのだ。「なるかならぬか」「なります/\」最単純なのは、これだけだが、其に鋏・鉈の類を持ち出して、切るまねをすることもあり、詞ももつと長いのもある。ともかく、片方は神役であることを忘れてゐるが、受けてはやはり、なり物の木の精霊のつもりである。星野輝興さんの採集せられた所によると、尚「かへし祝詞」を保存してゐる旧神社の古儀が少くない、と言ふことである。祝詞に対して発する受納の奏詞である。それ等も亦、極端に短くなつてゐるが、其でも、のりと[#「のりと」に傍線]本来の意義の、のり方[#「のり方」に傍点]だけの片方言ひ放しでなかつたことを、示してゐるものと謂へるであらう。
「掛合ひ」の形においてこそ、神の語も効果が予期出来るものなのである。尤、わが国信仰の最古形において、受け方が沈黙――しゞま――を固守する時代はあつたのである。此沈黙を破らせるのが、掛け方の努力であり、神及びその語の威力の現れる所でもあつた。唯、其応へが詞でなく、表象を以てせられることが多かつた。之を「ほ」「うら」と言つた。その象徴を以て、意義を判断することを「うらふ」「うらなふ」と言ふ。後、言語を以て和《コタ》へる、と考へられる時代になつて、其答詞の事を「ほ」の意義を解説すると言ふ義から「ほぐ」「ほかふ」と言つてゐる。即「ほ」を示し、同時に言語を以て其意義を明らかにし、その「ほ」に効果あらせようとするのである。此が受け方のすることである所から、誓約の形式として、掛け方を祝福
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