するを要件としてゐるので「ほぐ」「ほかふ」は祝言を述べる事になるのだ。
かう言ふ風に呪詞の中に、掛け合ひの部分即、神及び精霊の真言が、自由に游離する形を生じて来る。此が、呪詞中、特に神秘な部分と考へられた為に、呪詞全体と等しい効果を持つものと思はれる様になるのであつた。尠くとも、延喜式祝詞に見える「天つ祝詞」なるものは、祝詞の中に含まれず、従つて今日存せないのである。其部分だけは、秘密として記録せなかつたのである。而もそのあるものは、略《ほぼ》、その形の想像が出来る。呪詞及び祝詞を誦する間にも、演劇的所作があつて、其時に、唱へる科白の様な部分があつた訣である。
後世の祝詞奏上は、単に朗読するばかりであるが、此間に、動作のあつた痕は尚考へられる。「ほぐ」「ほかふ」から出た「ことほぎ」「ほかひ」と言ふ語は、単に祝言を述べるだけではなく、明らかに所作を主としてゐるものであつた。而も、単なる舞踊ではなく、単純ながら、神・霊対立の形を基礎とした尾籠《ヲコ》なる問答或は演劇的動作であつたことは言ふことが出来る。
相聞詞章
日本文学発生論を書くのは、これで十度に近いことゝ思ふ。其で、幾分咄し方を替へて見た為に、却て要を得ない事になつたと思ふ。其点、此まで書いたものゝ御参照を願はずに居られない。
精霊が、女性として考へられる時には、巫女の形を生じて来ることは述べた。日本の信仰においては、巫女は尠くとも、遠来の異人なる神に対して考へた、接待役の地霊であつた。さうして多くの場合、その神を歓待して還らせる役目を持つものと思はれてゐた。神主は、神その物の役に当る人格であるが、巫女は、神に仕へる意味においての、神職の最古い形である。そこに巫女の、唯の神職でない理由が明らかだ。
神と精霊とは、常に混同せられてゐるが、形式上には、明らかに区別を立てゝ置かねばならぬ。男性の精霊として見られる場合は、多く一度は抵抗することになつてゐるが、女性の場合には、除外例もあるが、大体なごやかに神を接待するものとせられてゐる。唯、最後的に服従する「とつぎ」を極端に避ける形が、文献上に沢山残つてゐることは、考へに置かねばならぬが。
神祭の儀礼が、社会上の習俗化しても、長く守られねばならなかつた。殊に結婚においては、近世においても、古い俤を保存してゐた。村の処女の結婚には、単式なのと、複式なのとがある。複式なるは、斎場において、群集の異性――群行神としての自覚において、祭時に其村の男性が来臨する形――に向ふもの、単式は、其巫女たる処女の家々に、個々に訪問する神々――なる男――に逢ひ又逢はぬ形で待遇するものである。此処には主として、神婚の第一形式として、複式の物から述べよう。
通例うたがき[#「うたがき」に傍線](歌垣)或は方言的にかゞひ[#「かゞひ」に傍線](※[#「女+櫂のつくり」、第3水準1−15−93]歌会)をづめ[#「をづめ」に傍線]など称せられるもので、市場《イチニハ》――斎場――に集つて、神・巫女対立して、歌の掛合ひすることを条件とする。多く混婚儀礼の義とせられてゐるが、実は、語原は如何ともあれ、歌の掛合ひを意味の中心とするものに相違ない。
こゝに予め、説かねばならぬ一つは、恋愛を意味するこひ[#「こひ」に傍線]なる語である。
こひ[#「こひ」に傍線]は魂乞ひの義であり、而もその乞ひ[#「乞ひ」に傍線]自体が、相手の合意を強ひて、その所有する魂を迎へようとするにあるらしい。玉劔を受領する時の動作に、「乞《コ》ひ度《ワタ》す」と謂つた用語例もある。領巾《ヒレ》・袖をふるのも、霊ごひの為である。又、仮死者の魂を山深く覓め行くのも、こひ[#「こひ」に傍線]である。魂を迎へることがこひ[#「こひ」に傍線]であり、其次第に分化して、男女の間に限られたのが恋ひ[#「恋ひ」に傍線]であると考へてゐる。うたがき[#「うたがき」に傍線]の形式としての魂ごひの歌が、「恋ひ歌」であり、同時に、相聞歌である。
かき[#「かき」に傍線]はかけ[#「かけ」に傍線]と文法上の形として区分ある様に見えるが、実はさして弁別のない時代の形であらう。賭《カ》けのかけ[#「かけ」に傍線]、「掛巻毛《カケマクモ》」などのかく[#「かく」に傍線]である。「かく」「かけ」は、誓占《ウケヒ》の一種で、神の判断に任せる所の問題を、両者の間に横へる――心に念じ、口に出して誓ふ――事である。神自身から与へられた問題を解くか、解かぬかによつて、神の成敗に従ふと言ふのだ。歌の含む問題を解決する事の出来なかつた場合は、屈服することを前提とした争ひである。古代の結婚は、闘争を条件にしてゐた。「つまどひ」の形に見えるかけ[#「かけ」に傍点]が、歌で以てせられると言ふのが、歌垣の古意であらう。
短歌
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