どにも、怖しい暗示がある。日本では、主上に教育申し上げる事は出来ないが、主上は詞を覚え、或は、聴かなければならなかつた。其によつて教育されると同じく、主上に他の魂、教育的なまなあ[#「まなあ」に傍線](外来魂)が憑いた。飛鳥朝の末頃から、儒学による帝王・王氏の教育は始まつたと言うてよい。其国語の詞章について行はれたのは、平安朝にはじまると言つてよい。此二つの教育法が、源[#(ノ)]順の倭名抄、源[#(ノ)]為憲の口遊《クイウ》と云ふ様な種類のものを生じたわけだ。同時に女の方を見ても、清少納言の枕草子などは、偶然一つだけ出来たのではなく、同種のものが沢山あつたのだ。覚えなければならない語を――此頃になると、歌・諺以外にも、単語などを含む様になつた――授ける事に努めた。物語を読んで聴かせることも、手習ひさせる事も、皆さうした教育法なのだ。詞を書いて其を読ませ、絵解きをすることも、同じ理由から出て拡つて来たもの、と考へてよい。此処では便宜上、平安朝から溯つて云うて見たい。
一番気をひく事は、難波津・安積山の歌などが、手習ひに使はれた上に、現に曾根好忠などの集には、其が更に展開してゐる。一体手
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