、宮地讃美の歌ではあるが、根本に於いて東西南北の門讃美の形をとつてゐる点に、注意を要する。
ものゝふ[#「ものゝふ」に傍線]の普通の用語例には入つて来ない部族に於いても、場合によつて、ものゝふ[#「ものゝふ」に傍線]の職に当ることがあつたらしい。猿女氏の男が宮廷の守衛に当つたりする場合がそれである。
所謂斎部祝詞の中、御門祭の祝詞の如きは、かなり後世風な発想法を交じへてゐるが、此から推して窺へるのは、必、古く、物部によつて同じ系統の呪詞が用ゐられてゐた事だ。この稍古式を残してゐる詞に於いてすら、「相ひ口|会《アヘ》たまふことなく……」とあるのを見れば、相手の口誦する呪詞にうち負け、うち勝つことを問題にしてゐた事が訣る。後々までも、「物|諍《アラソ》ひ」なる語が、さうした言語詞章の上に輸贏を争うたあとを示してゐる。宮門に於いて人を改める時に、かうした呪詞のかけあひのあつたことが思はれる。又、神武天皇・饒速日[#(ノ)]命の神宝比べの物語は、其に先行してゐる呪詞の存在を思はせる。単に天神から双方に授与せられた弓矢の符合したと云ふだけではなく、宮廷を守る霊音を寓《ヤド》す弓矢の大きさ・質の同
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