前に述べた様に女性を主とするのは、宮廷が最甚しいものと見えるのである。
語部の伝へてゐた呪詞系統の文学は、主上其他に段々伝へられて来る。其間に次第に歴史的内容を持つて来、過去の事実だと云ふ反省を交へて来る。すると其処に、時間的の錯誤が起つて来る。過去の事だと知り乍ら、現在の事だと感じる矛盾が、日本文学に沢山ある。其ほど時代錯誤を平然と認容してゐるのが、日本文学だ。それと同時に、日本の文学の特徴――誇るべき特徴ではないが――歴史的に意義あるものは、地理錯誤である。此亦、盛んに行はれてゐる。宮廷で唱へられた呪詞を、みこともち[#「みこともち」に傍線]が地方へみこともつ[#「みこともつ」に傍線]て行つても、同じ効果が生ずる故に、其土地が初めて宣下せられた地と感じられる。さうした錯誤の第一義的なのは、日の御子のみこともたれた[#「みこともたれた」に傍点]詞章に依つて、天上・地上一つと信仰した所から起る。地上の事物に、天《アマ》・天《アマ》つ・天《アメ》のなど言ふ修飾を加へたのが、其だ。日本古代の文学を見るには、みこともち[#「みこともち」に傍線]の思想及び時代並びに地理の超越、この三つの点を考へる事が、大切である。
扨、古代に溯るほど、主上は呪詞其他の伝承古辞を暗誦して居なければならなかつた。主上が神人であると共に、神である為だ。此主上の仰せられること並びに、其をみこともつ[#「みこともつ」に傍点]伝宣者の詞の長かつたのが、逆になつて、其を受ける側、即、奏上者或は服従者の詞の方が延長せられて来る。其理由は、服従者の詞の中に、主上の詞章を含んで繰り返す形になるからだ。其と同時に、服従者自身の祖先、更に近代的に言ひ換へれば、自分達の職業の祖先が、宮廷に奉仕し始めた歴史を長々と語る様になるのである。此が、家々に次第に発達して来る。さうして、儀礼の度毎に、特に輪番で其を繰り返すことになる。此点から見ても、呪詞の歴史が考へられる。主上の宣下せられる詞よりは、臣下が奏上する詞の方が、量に於いて有勢になつて来る。我々の知る事の出来る限りに於いて、延喜式祝詞などは、形は宣下式をもつてゐるものがあるにも拘らず、全体として奏上式な要素を含んでゐるのは、此結果だ。尚此等の事に就いては、最後の章に述べることにするが、此処では巫女の事に就いて簡単に結末をつけて置く。
巫女は、謂はゞみこともち[#「み
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