凡な人間の感情を与へてゐる。荒《すさ》み易い野性を、宮廷生活から放逐する為には、彼の齎した「歌ごゝろ」は、非常に役に立つて居るであらう。優美を目標とする平安中期以後の宮廷生活が、彼によつて予告せられ、導かれもした。
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春の野に菫つみにと 来しわれぞ、野をなつかしみ、一夜寝にける
明日よりは春菜つまむと標《シ》めし野に、昨日も、今日も、雪はふりつゝ
百済野の萩が古枝《フルエ》に、春待つと 来居《キヰ》し鶯、鳴きにけむかも(万葉巻八)
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此等は、美は美であつても、趣味に触れると言ふ程度のものである。
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ぬばたまの夜のふけゆけば、楸《ヒサギ》生ふる清き川原に、千鳥しば鳴く
みよし野の象《キサ》山の際《マ》の木梢《コヌレ》には、こゝだも さわぐ鳥のこゑかも(万葉巻六)
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等に見えた観照と、静かな律に捲きこんだ清純な気魄の力とは、何処へ行つたのか。前のは黒人の模倣であり、後のは人麻呂を慕つてはゐながら、独立した心境を拓いてゐる。文学態度に煩されて居ないのである。
人麻呂を手本にした「旅の歌」には、二人の間
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