答が行はれた痕は、万葉に明らかに見えてゐる。かう言ふ間に、相手なしに独吟する者が、次第に殖えて来た。かうした宴遊の場に於てくり返された労苦が積りつもつて、短歌成立前から兆《きざ》して居た創作動機を、故意に促す文学態度が確立した訣である。
二 奈良朝の短歌
奈良朝に入つての短歌は、其価値の問題はともかく、かうした文学作品として扱ふ事の出来るものが多い。山部[#(ノ)]赤人の作物の中、晩年の作風らしいものゝ一群には、あまりに文学意識が露出し過ぎて居るものがある。自然の中から或技巧を感ぜしむる部分を截りとつて来て見せる。其に逢著する力は情熱でなく、自然を人間化する機智である。平静な生活に印象する四時の変化の、教養ある階級の普遍の趣味に叶ふ程度の現象であり、其に絡んだ人事である。
けれども真に「美」の意識を持つてゐた事の明らかに認められるのは、赤人の作品にはじまると言える。「美」の発見、――其は大した事である。だが、美の為に自然を改め、時としては美の為に、生活を偽つてさへ居る。赤人の個性を出す事が出来た時は、既に其以前に示して居た伝統の風姿や、気魄を失うてゐた。自然を人間化し、平
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