風も見え、直に迫つてゐる新古今時代を待ちあぐんだ人々の作さへも含めて居るのである。
新古今集の時代は、女房が文学上の実力を失ひかけて居る事が、まづ目につく。才女と言はれた宮内卿の如きは、新古今の発足点に低回してゐた。天分はあつても、変化は出来なかつたらしい。此等の基礎は、此女房の腕を振うた所と一致してゐる。経信以来の絵様見立てを、動的に描き改めた。さうして、其画面を美しくする者は、其物を目的にして、其を以て、彩り絵の美しさの上で変化を示さうとした。情景の変化や、時間の推移の静かな調和であつた。総べて、美の思ひがけない発見を目がけた。静的な美を動的に、平凡を趣向によつて、美を衝かうとした。
だが、此種の作物には、中心たる自然の変化に関心しすぎるから、矛盾や、曲解の露れる不安がある。絵様を浮世画に替へれば、「冬の田は、山葵《わさび》おろしの様に見え」など言ふ川柳の穿《うが》ちになつて了ふのである。此は感覚的現実たるべきものに、空想的誇張を前提としてゐるのだ。美しさには心惹かれても、結局、美の根柢が自然を「我《ガ》」で変造したものなのである。たとひ、誇張がなくとも、自然から人為に似た現象を抽
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