の物から、更に唯の歌にすら、さうした言語情調を好んで入れる様になつた。
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呼子《ヨブコ》鳥。うき世の人をさそひ出でよ。入於深山《ニフオジンセン》。思惟仏道《シユヰブツダウ》 良経(月清集)
時により、すぐれば 民のなげきなり。八大龍王。雨やめたまへ(実朝)
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此等はまた仏語を国語脈にとり込んでゐるが、此などは極端な例である。連歌の一体とすら見る事の出来る程、思ひきつた試みである。
金葉・詞花の時代は、短歌の創作動機が鈍つて、或は、連歌が室町を待たずに勢力を持つに到つたかも知れない状態になつて居たらしい。歌学・歌論は喧しくなつても、文学製作階級は、短歌に興味を失ひ出して居た。其をともかく盛り返したのは、俊成の努力である。武家や、僧家に歌人の出たのも、短歌が公家を去らうとしてゐた形勢を示してゐるのであらう。
千載集は、ともかくも、平安中期以後の歌風の変遷を、一つ処に集めて見せる様な歌集である。ある側は極めて複雑化し、ある側の人々は「たゞごと」をしか述べて居ない。一代前の新派も旧派も、茲《ここ》には肩を並べて居る。而も、俊成・西行等の当代の代表歌
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