なべに、日は暮れぬ と思ふは、山の陰にぞありける
鶯の鳴く野べごとに来て見れば、うつろふ花に、風ぞ吹きける
[#ここで字下げ終わり]
などが其例である。小町の「風よりほかに」の歌も、古今には無名氏の作物として居る。万葉の「太み」は、竟《つひ》に継承する者がなかつた。ますらをぶり[#「ますらをぶり」に傍線]を叫んだ真淵以後も、さうした試みをした人がない。調子を高くするだけなら、釈教歌から出た平安末・鎌倉初の歌人たちにもぼつ/\ある。調子を壮《さか》んにする事で、太みある発想を導くことは、「細み」の場合の様には行かない様だ。

     五 古今集の歌風

古今の作家では、四人の選者のうち、壬生[#(ノ)]忠岑が一等天分が豊かな様だ。貫之は、一種の改革家で、要領を掴む才能は持つて居た。稍《やや》物になりかけた国語を以てする文章を、小ざつぱりした感じのよい、段落の短いものにしたのも、彼の為事らしい。歌の方面では、上流の重くるしい調子の、変化のない内容をやゝ軽くて明るいものにした。山部[#(ノ)]赤人の態度を、新しい歌のとるべき道とした。自然から「美」を覓《もと》めないで「美」に似た事象のある
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