野[#(ノ)]小町である。男たちとの贈答に、柔軟な而も折れ合はぬねばり気を、調子の上に見せて居る。恋愛心理の解剖は、新古今前後に盛んになるのだが、其先駆者は小町であつた。といふよりも、小町を偶像視した後代歌人に、僅かな歌が、大きな影響を齎した。併し其はよいものではなかつた。小町のものはまだ抒情詩としての潤ひを失はないで居るが、後々のものは小説家が、生活を観照する様な態度になつて、抒情詩の領分を離れて行つた。小町集の中に、一首
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ひぐらしの鳴く山里の夕ぐれは、風よりほかに、訪ふ人ぞなき
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と言ふのがあるが、真に小町の作物とすれば、古今調のよい方面にも、踏みこみかけて居たと言へよう。
六歌仙と前後する頃又は、平安京最初の時分の――中には、万葉のものも入り込んでゐる――人々のだと思はれる無名氏の作物には、古今集の中での、最価値のあるものが多くある。此等の歌に現れた細みは、家持の境地を、柔らかにふくよかな言語情調で包んだ趣きの深いものである。
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木の間より洩り来る 月のかげ見れば、心|労《ヅク》しの 秋は来にけり
蜩の鳴きつる
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