材とする、京太郎《チヨンダラ》を多く演じた為に、演者自身の祖先が、やまと[#「やまと」に傍線]の京から流離した、京の小太郎だとさへ考へられた。春は、万歳・京太郎を以て、島中を祝福して廻つた。今こそ、行者村は特殊待遇を享けてゐるが、盛んに渡つて来た当時は、必、村邑の豪家に、喜び迎へられたものに相違ない。
今日行はれる若衆踊りを見ると、凡そは万歳系統のものである。だから、一行中の若衆の演芸種目は、略、察せられる。踊るものは、主として若衆であつたのであらう。江戸期に近づくに連れて、さうした形を整へる事になつて来たもの、と思うてよい様だ。
念仏者の行ふすべての行儀・芸能を籠めて、念仏《ギヨウギヨク》と称へ、盂蘭盆会から初つて、初春の祝言にまで、用ゐられる様になつたのを、多少、劇的の進行を備へたものであつた。貴人・士分の者まで行ふ様になつた。此が、村をどりの古形なる、にせ念仏である。似せ[#「似せ」に傍点]と解すれば、念仏もどきの芸能といふ事になるが、私は、伊波さんの賛成を得て、若衆《ニセ》念仏だと考へて居る。これは、朝薫出現の前にも言うた語であらう。組踊りと念仏との関係を、更に内容に見る。万歳
前へ 次へ
全29ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング