。此は、着物を取扱ふ女の舞ひといふ事で、後の五節の舞ひと同一である。だから五節舞も神服女舞も同一で、正式には八人で舞うたのだらうと思ふ。神の八処女の事は、前にもいうた。
五節の舞姫の仕へる所を、五節の帳台といふ。そして、五節の帳台の試みといふ事が行はれる。此は、舞姫をして、天子様が、女にせしめる行事である。平安朝頃のものを見ると、舞姫が、何とかかとかいうて、言ひ騒がれて居るのも、此帳台の試みの考へから見ねば訣らぬ。
五節の舞ひがすむと、其後に悠紀・主基両殿の式の名残りとして、国風《クニフリ》の奏歌が行はれる。各其国の国司が、歌人や歌姫を引きつれて行つて、やるのだ。そして、其後に、忌みを落す舞ひがある。此を解斎舞といふ。此がすむと、凡て此祭りに与つた人・神が、皆散らばる形になる。其時も、式に与つた人たちは、お酒や御飯を頂く。それから各人は、忌服をぬいで、散会する。散会の時は、男も女も乱舞して、躍り狂うて帰る。
一体宴会の時は、二度目の食事をすませて、最後の食事の時に、主人側から舞姫が出で、客人側からは、いろ/\の持ち芸が出る。つまり、此は主人に答へる形である。うたげ[#「うたげ」に傍線]
前へ 次へ
全91ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング