の例は、張文成其他の小説記録者の熱意を持たなかつたところだから、我国の民譚飜訳者の手にかゝつたらうとは思はれない。
今は一つの証拠すら残つてゐない方面で、存在の疑はれぬのは、宮廷隠事の書き物である。飛鳥の末にすら、浦島子伝が書かれたのである。奈良に入つて、漢文を作る能力も進み、熱意も加つて来た時代に、目にし耳にした宮廷生活に関する浮説、殊にまだ女帝に於て神との交渉が密接であり、自然外部の空想を逞しうさせるゆとりが十分あつた。則天武后に係つた小説を見た眼からは、武后の生活が、最高の女性の上にも、見出され易い。其が、進んだ奈良末期・平安初期の不純な創作気分を交へて来た心には、誇張せられ、強調せられて出て来る。文にも一々手本があつて其をなぞつたのであるから、どうしても、事実に遠くなる。かなり外的興味の豊かだつた持統天皇は、時代が古かつた為か、行文の不如意から来る舞文の為に呪はれなされずにすんだ。元明・元正二帝も、大事件の生じなかつた為か、何の痕跡も残つてゐない。孝謙天皇の時は、実際事件も多かつた。経済状態は一時に高まつて来た。宮廷生活も文明的施設が整うて来た。武后の姿を日本に見る時が来たので
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