・日本の伝説に、方便の脚色を加へて、経典の衍義を試みたところから出たものであらうが、仏教声楽で練り上げた節まはしで、聴問の衆の心を惹く方に傾いて行つて、段々、布教の方便を離れて、生活の方便に移り、更に芸術化に向うたものと思はれる。「三宝絵詞」や「今昔物語」は或は其種本ではあるまいかとも考へられ、王朝末には、説経師の為事が、稍効果を表して来たのではなからうか。さうして、段々身につまされる様なものにかはつて来て、来世安楽を願はせる為に、現世の苦悩を嘗め尽した人の物語を主とする事になつて、「本地物」が生れて来たのではあるまいか。此芽生えは、既に武家の始めにあつたらしい。
が、社寺の保護の下に、大した革命の行はれることなく、長日月を経るを例とした我が国の芸術の一つとして、やはり保守一点ばりでとほして来たものと思はれる。其が、三味線の舶来以後、俄かに歩を早めて進んだ。そして、説経太夫が座を持つて、小屋の中で語る様になるまでには、傘の柄を扇拍子で叩いた門端芸人としての、長い歴史があつたであらう。
説経には、新古二様の台本があつたらう、と言ふ事は前に言うた。新しい台本の出来たのは、それが正本として刊
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