、娑婆の苦患を経て、転生するものである。かう言ふ大きな区別があつたのを、今残る書物では、訣らなくなつたものか。古い説経には、男女に厚薄はない。神道集の釜神・子持山・甲賀三郎の如きである。
浄瑠璃は其名から見れば、薬師仏の効験によつて、業病平癒した一部の懺悔物語でなければならぬ。だから、かたは者や業病の者の謡うた浄瑠璃如来霊験物語など言ふ「地蔵菩薩物語」類の書物で、盲目が自ら謡ふ職で、此を諷ふのは、都合よいが、安田物語などより、もつと古い浄瑠璃があつた筈だと思ふ。癩病平癒物語・餓鬼本復物語・跛行歩物語・唖発語物語、かうした物語があり、また新浄瑠璃が出来て、薬師仏に関係の全般的でない申し子の姫の一生を述べたのだ。思へば、浄瑠璃十二段草子といふ名も、十二段に綴つた一種の浄瑠璃曲の義らしい。
浄瑠璃姫の庵室といふものゝ多くあるのは、現世利益の浄瑠璃を語つて歩いた女があつたことを示し、其浄瑠璃は旧浄瑠璃曲で、死んだ浄瑠璃姫が蘇生するとでも言ふ風な物語であつたのであらう。曾我物語は、虎御前の転身と考へられる瞽女が語り歩いたのと、同様だらう。薬師信仰の時代が、地蔵信仰の時代の次に来た。病者遺棄の風に
前へ 次へ
全46ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング