あつたことは、陰陽師の勢力のあつたことを示すものである。此徒が、陰陽師・唱門師として「島の人生」に統一の原理を教へ、芸術の芽を栽ゑて置いたことは、察せられる。志原の神主の祀る一个処には、行器の形を土で焼いた祠が据ゑてあつた。
島に僧侶の入つたのは、わりに新しい様だ。其為、島に学問の起るのは遅れた。島人の間に、今も伝つて居る百合若説経といふ戯曲は、舞の本・古浄瑠璃のではなく、いちじよ[#「いちじよ」に傍線]と言ふいちこ[#「いちこ」に傍線]の類の者が語るものである。琵琶弾き盲僧も此を語るが、正式にはしない。箱崎の芳野家の「神国愚童随筆」といふ本に、壱岐の神人の事を書いて、命婦《イチ》は女官の長で、大宮司・権大宮司の妻か娘かゞなるとある。さすれば、いち[#「いち」に傍線]は陰陽師の妻が巫女なる例である。
いちじよ[#「いちじよ」に傍線]はやぼさ社[#「やぼさ社」に傍線]に常に参ると言ふ。百合若説経は、弓を叩いて「神よせ」を誦した後に唱へる。さうやつて居る中に、生霊・死霊等が寄つて来ると言ふ。いちじよ[#「いちじよ」に傍線]と陰陽師との関係から考へると、百合若説経は、唱門師が持つて来たものら
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