一党では、正月に餅を搗かぬの、標《シ》め飾りをせぬのと言ふ。又、其変化して多く行はれる形は、本土から家の祖先が来た時が、大晦日の夜で、正月の用意も出来ないで、作つて居た年縄《トシナハ》を枕に寝て、春を迎へた。或は、餅を搗く間がなかつたとも言ふ。其で、其子孫一統、正月の飾りや、喰ひ物を作らぬのだ、と説いてゐる。此は皆、富士筑波・蘇民将来の話よりも、古い形なのである。
壱岐の国中の神社は、大体、此海から来られた神と、白鳥となつて空を飛んで来て、翼を休められた遺跡に祀つたのと、水死の骸となつて漂ひついた祟り神を斎ひこめたと言ふのと、神体が漂着したと言ふ社と四通りである。皆海を越えて来た神なる事を示してゐる。此四つの形の神は、海のあなたから、週期的に来臨する神の信仰の分岐したものに過ぎないのである。
春の用意なしに正月をする家筋は、本土にも多いが、神の来る夜に、迎へる家々の人々の、特殊な役目の家婦又は女児の外は、謹んで隠れてゐた風習の近世の合理化を経たのが、一つの原因である。春の喰ひ積みや、しめ[#「しめ」に傍線]・松の飾りを用ゐ、山草をつける風は、海から来る神の信仰の衰へた後、山から来る神に
前へ
次へ
全46ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング