、又多くは滝壺の辺などに、筬の音が聞える。水の底に機を織つてゐる女が居る。若い女とも言ふし、処によつては婆さんだとも言ふ。何しろ、村から隔離せられて、年久しくゐて、姥となつて了うたのもあり、若いあはれな姿を、村人の目に印したまゝゆかはだな[#「ゆかはだな」に傍線]に送られて行つたりしたのだから、年ぱいは色々に考へられて来たのである。村人の近よらぬ畏しい処だから、遠くから機の音を聞いてばかり居たものであらう。おぼろげな記憶ばかり残つて、事実は夢の様に消えた後では、深淵の中の機織る女になつて了ふ。
七夕の乞巧奠は漢土の伝承をまる写しにした様に思うてゐる人が多い。処が存外、今尚古代の姿で残つてゐる地方々々が多い。
たなばたつめ[#「たなばたつめ」に傍線]とは、たな[#「たな」に傍線](湯河板挙)の機中に居る女と言ふ事である。銀河の織女星は、さながら、たなばたつめ[#「たなばたつめ」に傍線]である。年に稀におとなふ者を待つ点もそつくりである。かうした暗合は、深く藤原・奈良時代の漢文学かぶれのした詩人、其から出た歌人を喜ばしたに違ひない。彼等は、自分の現実生活をすら、唐代以前の小説の型に入れて表
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