は陰の者になつたのであらう。例の神功紀の文は、此くゝり[#「くゝり」に傍線]媛からみつは[#「みつは」に傍線]へ続く禊ぎの叙事詩の断篇化した形である。住吉神の名は、底と中と表《ウヘ》とに居て、神の身を新しく活した力の三つの分化である。「つゝ」と言ふ語は、蛇(=雷)を意味する古語である。「を」は男性の義に考へられて来たやうであるが、其に並べて考へられた※[#「さんずい+文」、第3水準1−86−53]売《ミヌメ》・宗像・水沼の神は実は神ではなかつた。神に近い女、神として生きてゐる神女なる巫女であつたのである。海北[#(ノ)]道[#(ノ)]主[#(ノ)]貴《ムチ》は、宗像三女神の総称となつてゐるが、同じ神と考へられて来た丹波の比沼[#(ノ)]神に仕へる丹波[#(ノ)]道[#(ノ)]主[#(ノ)]貴は、東山陰地方最高の巫女なる神人の家のかばね[#「かばね」に傍線]であつた。
八 とりあげ[#「とりあげ」に傍線]の神女
国々の神部《カムベ》の乞食流離の生活が、神を諸方へ持ち搬んだ。此をてつとり[#「てつとり」に傍点]ばやく表したらしいのは、出雲のあはきへ・わなさひこ[#「あはきへ・
前へ
次へ
全48ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング