曖昧なところがあるのは、古詞をある点まで、直訳し、また異訳して、理会できぬところはその俤《おもかげ》を出そうとしたからであろう。それが神賀詞となると、口拍子にのり過ぎて、一層わからなくなっているのである。おちこちの二か処の古川というのが、川岸というようになり、植物化して考えられていった。もっとも、神功紀のすら、植物と考えていたらしい書きぶりである。その詞章の表現は、やや宙ぶらりである。何としても「みつは……」は、序歌風に使われてい、みつはの神[#「みつはの神」に傍線]の若いと同様、若やかに生い出《い》ずる神とでも説くべきであろう。
 思うに、みつは[#「みつは」に傍線]の中にも、稚みつは[#「稚みつは」に傍線]と呼ばれるものが、禊ぎの際に現れて、その世話をする。この神の発生を説いて、禊ぎ人の穢れから化生したという古い説明が伝わらなくなったのかも知れぬ。とにかく、この女神が出て、禊ぎの場処を上・下の瀬と選び迷うしぐさ[#「しぐさ」に傍線]をした後、中つ瀬の適《ヨロ》しい処に水浴をする。このふるまい[#「ふるまい」に傍線]を見習うて禊ぎの処を定めたらしい。これが久しく意義不明のまま繰返され
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