葉は、古代からひき続いて来たものに違ひないといふ――古代語でゐて、古代文献に現れず、まるで中世に生れたものゝやうな形で残つてゐる。――さう言ふ言葉も沢山ございますし、その他、いろ/\な事柄――民俗など――につきましても、どうしても、万葉と源氏と、きり放しておいては、聯絡も説明もつかぬといふやうな文化現象が沢山あるのです。さういふ中間時代の学問が、今後現はれて来なければ、古代と中世とは、木と竹をつぎ合せたものになりませう。
源氏物語で言ひますと、光源氏が、須磨へ流れて行きました。――流されて行つたのでは、少々問題がありますから、流れて行つたといふことにしておきます――が、小説の本体から言へば、流されたのでせうが、流されたといふことをば避けた表現法をとつてゐるのです。自ら進んで流れて行つたといふやうに書いてゐるわけですが、あの源氏と同じやうな物語が源氏以前にもあり、源氏以後にもございます。これは私等の言葉で「貴種流離譚」――貴い種の人がさすらひ歩くといふやうな点に寄せて名前をつけてをりますが、貴種流離の話といふものは、実に沢山ございます。その話の一部分で片附くことはかたづけて置かうと言ふ計画なのです。別に珍しい話をするわけではありません。
万葉集でも、万葉全盛時代と言ふべき、花の時代、天平十一年、万葉では十年であつたと思ひますが、十一年三月頃のことだつたと思ひますが、万葉作家としても残る石上乙麻呂が、土佐国に流されます。又相手の久米若売といふ女性は、下総国に流されます。「たをやめのまどひ」によりて、流されて行つたわけですが、その歌と言ふのが、誰にも知られてゐるのです。全体古い叙事詩は、作物の主人公か、作者自身か、さう言ふ点が、常にごつた[#「ごつた」に傍点]になつてゐるやうな形をとり易い。さう言ふ詩を誦み馴れた習ひから、「主」と「客」どころか、詩――長歌――そのものを切半して、問者答者二人分に分けたといふ風になつてしまつてます。この乙麻呂が土佐国に流されたと言ひましても、すぐさま都に召し還されて役に就いてゐるのですから、実は大したことゝも思はれませんけれども、併しそれでも、続日本紀にはつきりと書いてある。万葉集にも凡きつぱり書いてあります。けれども、どういふわけか、文学だといふので、万葉の方は信じない癖が、日本の学者にはついてゐます。万葉と続日本紀では、どちらが正しい。さう言ふことになると、どちらが何といふことはないと思ひますけれども、日本紀でもすでにさうなので、万葉は歌謡の集成本だから信じない。これは国史だから編纂の動機が、もつと確実だ。さういふ、昔からの学問の態度は、いつまでも続いてゐるのに不思議はない。けれども大体さういふ風な考へ方で、史実の形をとつたものは眺められて来てゐるのです。万葉の方では、前にも言つた、天平十年説なのです。さういふ考へ方をする人も、続日本紀を見ると、こちらの方が本たうだと言ふことになる。併しこの事実は、事実に違ひないとしても、さう言ふ事実は、昔からある。それから其後にも起つて来た事柄なのです。即ち、類型的な事件であつたことでせう。決してなかつたことゝは言へないのです。
併しすでにその時万葉集が取扱つてをります歌を見ましても、石上朝臣と久米若売といふ形で、それを表はしてをります。さう言ふことを伝へるには、きまつて条件のやうなものがあつて、これ/\の事柄を伝へるには、一つの伝説の型によつて伝へようとする勢といふやうなものゝあることが考へられます。それを世間が受入れて、受入れる心は伝説的にものを考へ、扱ふ心であつた。だから伝説の胸に消化してしまつて、事実や事実を記録したものと思はれてゐる記録が、最平常な伝説型に直されて来る。一層《いつそ》事実らしいものがなかつたら伝説になつてしまふ所だつたのでせう。事実といふことより伝説の方が何回でも繰返すのですから伝説の世界に這入つた方が広く長い命を持つて来るわけです。謂はゞ伝説哲学とでも言ふべきものに這入つてしまふのです。
さてかういふ風に二つの書物に現はれてをりましても、二つについて我々が受ける印象といふものは、いづれも伝説的だといふことは言うて差支へないことだと思ひますし、恐らくその当時はつきりしたことを知つてをつた人々は、それを取巻いてゐる事件、更に遠い所にゐるといふ人達は、それと同じやうに起つた事件を伝説として取扱つてゐたに違ひないと思ひます。所がさういふことを万葉集から拾つて見ますと、いろいろな事柄が出て参りまして、それこそ枚挙にいとまもないわけですが、それで非常に似てゐることで違つた形を見せてゐること、これも名高い事実をかりて来た万葉集の初めの方にあります麻績《ヲミノ》王といふ人が、伊勢国の伊良虞の島に流された。伊良虞の島では外から見た地形に、はつきり別々の
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