る。第二次的のものになると、一番単純に見える終止形から始つたとは思はれぬのである。動詞の語尾の起源は、ウ列の語尾をいくら研究して見ても訣らぬことであつて、もつと活用全体に通じて考へる必要がある。
其為、昔の誤つた説を以て、まう一度吟味して見ようと思ふ。部分としては認められても、全体では棄てねばならぬ説であるが、動詞は名詞の形を通つて活用して来るとする説である。例を挙げて言へば、ながめる[#「ながめる」に傍線]と言ふ言葉には、同音で違つた成立を持つ物が幾つかある。即、同音異義の言葉がある。其うち平安朝に専使はれてゐるものに、男と女が逢へないで憂鬱な気持でゐる意味に使つた、「ながめ」と言ふのがある。ながめ[#「ながめ」に傍線]には尚遠くの物を見る眺めと、溜息声を出して諷ふ場合がある。かういふ似た言葉の意義をも、少しづゝ兼ねて居るやうである。此ながめ[#「ながめ」に傍線]は、従来否定して来た説に這入つて来る。性欲的に憂鬱になつてゐる、或は恋愛上のもの思ひしてゐる場合に使つて居る。景行天皇記に、「恒に長目を経しめ、また婚《メ》しもせずて、物思はしめ給ひき(古訓)」と書いてある。め[#「め」に傍線]は男と女が逢ふことで、其が名詞的の感覚を強める様になつてからは、妻《メ》になつて来る。「ながめを経しめ」は逢ふことの久しい事であるから、夫婦の語らひをばしない、と言ふ意味である。此ながめ[#「ながめ」に傍線]が、ながむ[#「ながむ」に傍線]の語根である。正しいに違ひないが、これまで否定して来たのである。一度名詞の形をとつたものが動詞的に働いて来ると言ふことは、誤りだとして来たのであるが、併しこれは考へに入れる必要がある。ながめ[#「ながめ」に傍線]をふ[#「ふ」に傍線](経)或はへ[#「へ」に傍線]と言ふ観念の引き続きを持つたのである。ながめ[#「ながめ」に傍線]から直ちに活用を起すのでなく、ながめ[#「ながめ」に傍線]をへ[#「へ」に傍線]或はふ[#「ふ」に傍線]といふ形を漠然と意識して居るその中に、ながむ[#「ながむ」に傍線]が出て来るのである。即、形の上でながめる[#「ながめる」に傍線]が融合して出来たのではないが、一聯の心理がある訣である。みたまのふゆ祭り[#「みたまのふゆ祭り」に傍線]からふゆ[#「ふゆ」に傍線]を独立させて来るのと同じ状態である。さうして、動詞の語尾の発達を考へなければならないと思ふ。
ちやうど適切なことは、ながめ[#「ながめ」に傍線]には尚説明が出来る。これも事実に相違ない。ながめ[#「ながめ」に傍線]は霖雨の時期の物忌みである。此時期に、神がこの世に現れて来ると信じてゐた。さつき[#「さつき」に傍線]とながつき[#「ながつき」に傍線]とは霖雨の時期で、九月と共に五月は物忌みの厳重な時であつた。其中、九月は風俗を離れて信仰だけになつてしまつたが、五月は田植の信仰と結びついて永く残つてゐるから、その理由がよく訣る。五月には、田植の終る迄は逢ふことが出来なかつた。其をながめ忌み[#「ながめ忌み」に傍線]と言うて居る。夫婦であり乍ら、逢へないのである。「ながめを経しめ……給ふ」と言ふのと同じである。果して何れが元か訣らぬが、仮に決着をつけて見れば、長雨の時期で禁欲生活をすることからながめ[#「ながめ」に傍線]が出で、此からめ[#「め」に傍線]が出て、「ながめを経しめ……給ふ」になつたと言へるのであるが、我々は昔の言葉に対する用意や感覚に乏しいのであるから、簡単には決められないのである。
一つの言葉が出来て用ゐられると、他の類似の言葉に対する理会が働きかける、即、第二義的の語原が元の言葉にかぶさつて来るのである。さうさせるのは、所謂民間語原説である。さうなると、何処から起つて来たのか訣らなくなつて来る。さうして用語例と言ふものが、無限に拡がつて行く。ながむ[#「ながむ」に傍線]と言ふ動詞は、先づながめ[#「ながめ」に傍線]と言ふ名詞から来たのに違ひないのである。長雨にせよ、なが媾《メ》にせよ、名詞である。其ながめ[#「ながめ」に傍線]が既に語根の屈折したゞけで出て来たのではなく、動詞状の心理的変化の過程を経て来て居るのである。即、仮に言へば、ながめふ[#「ながめふ」に傍線]と言ふ、謂はゞながめ[#「ながめ」に傍線]を為上げると言ふ感じが、非常に働きかけて来てゐるが、む[#「む」に傍線]といふ語尾をとるには、何等参与して居らぬのである。ながめ[#「ながめ」に傍線]とながむ[#「ながむ」に傍線]はきつぱり分れるが、語原説を持つて来ると、一筋の繋りがある。第二義になると、語根と語尾のはつきり分れるものもある。ともかく、語尾が先づウ列音をつくつたと言ふことは考へられない。さうして、先づ連用或は将然、稀には連体と言ふやうな形が出来
前へ 次へ
全8ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング