に違ひない。初《はじめ》、縄は野生の植物を其儘用ゐて、綯ふ必要は殆無かつた。つた[#「つた」に傍線]・つら[#「つら」に傍線]・つる[#「つる」に傍線]など言うた。太く強くする為、縒り合せねばならぬ。さうして縒つた蔓が出来た。或はしもと[#「しもと」に傍線]を縒つて使つた。しもと[#「しもと」に傍線]は灌木の新しく出た直枝である。「糸に縒る物とはなしに」など言ふ。大小に依つて区別があつて、小い物ではよる[#「よる」に傍線]と言ひ、大い物ではなふ[#「なふ」に傍線]と言ふ。その意味は訣らないが、縄は綯ふ物の意味である。綯《ナ》は物或は綯ふ蔓《ツラ》といふ風な形から音を落して、なは[#「なは」に傍線]とだけ言うて表はして来たことが考へられる。此で見ても、ア列に音を変へて熟語を作るといふ事の理由は、単なる音韻変化ではなかつたのである。
次には、イ列の熟語である。此例は、甚多く、又平凡な事実と見られてゐる。上の修飾部も其主部も、各別個の生命を持つてゐる。名詞と動詞が結ばれる場合、或は動詞と名詞が結ばれる場合に、とり・さし[#「とり・さし」に傍線]はとり[#「とり」に傍線]・さし[#「さし」に傍線]共に生きて居る。二つの言葉が結ばれて一つの言葉になつて居るが、別々にも生きてゐるのである。思ひごと[#「思ひごと」に傍線]・ゆきあし[#「ゆきあし」に傍線]なども同じである。而も亦、熟語なることに疑ひはない。ごく簡単な熟語法である。
このイ列に変つて行くもの以外の熟語法では、昔は普通の連用形のイ列からつかずに、連体形からつく熟語の方が多かつた。連体形から来る熟語は、熟語の感じが不完全だと感じよう。例へば、もゆる[#「もゆる」に傍線]火・いづる[#「いづる」に傍線]湯などは、熟語と認めにくいであらう。形は熟語ではあるが、ぴつたり体言の感じが来ない。併し、実は昔は此形が多いのである。文献時代は、此連用形と連体形の熟語が戦つてゐる時期であつて、イ列から連体形ウを伴うた熟語法の方が、実は古かつたことが考へられる。此も先に言うた、ウ列から主部に続いて行く形になつて来る。ところが、此ウ列から主部に続いて来ると言ふ意識が段々変化して来る。此が用言の終止形と連体形の出来た原因で、第四変化は熟語を作るところから出来て来た。此点は、日本の用言の活用の発生には大事なことであつて、連体形から出た熟語いづる
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