からである。「朝妻のひかのをさか」などいふのも、ひかゞみ[#「ひかゞみ」に傍線]から、をさ[#「をさ」に傍線]を引き出すので、をさ[#「をさ」に傍線]は足自由でなく、坐て用を足す者を言ふのである。「朝妻」は婢なるが故に、家にゐさせて、朝までもまく[#「まく」に傍線]故であらう。井光《ヰヒカ》の「ひか」も、其らしい。ひか[#「ひか」に傍線]の音転がひな[#「ひな」に傍線]で、夷の住居地方に当る。とねり[#「とねり」に傍線]は、をさ[#「をさ」に傍線]と同じ語原のとね[#「とね」に傍線]即、外根からの刀禰と、「折り」か「坐《ヲ》り」の融合したものらしい。采女は采女部の義で、うね[#「うね」に傍線]は、内刀自で、内舎人の古い形なのだらう。はやひと[#「はやひと」に傍線]は、駈使丁としての名で、早足の人であらう。隼は、宛て字だらう。ひと[#「ひと」に傍線]のと[#「と」に傍線]は、足くびから下を斥すか。神の用の脚夫で、神聖(ひ)な足の所有者であるらしい。隼人は、速足の聖奴の義らしい。寺人・神人皆奴婢の意を含んだ語である。海人《アマヒト》部・山人《ヤマヒト》部も、其だ。駈使丁を宮中に用ゐるのは、速脚を利用したのである。
男子の丁にも、はぎ[#「はぎ」に傍線]の名はあつたらうが、女の方に主にはぎ[#「はぎ」に傍線]・小はぎ[#「小はぎ」に傍線]を使うたのだらう。はぎ[#「はぎ」に傍線]を加工するのは、殊に、野蛮な種族らしく、八束脛などが、山人の類に入つてゐる。
「またく心を脛にあげて」・「ほやのいずし……はぎにあげて」なども、多少さうした女婢の隠し処の聯想があつて、趣向となつたのである。
あきはぎ[#「あきはぎ」に傍線]とあき[#「あき」に傍線]をつけるのも、聯想を避けたのであらう。はく[#「はく」に傍線]は、脛の動詞化である。佩とは、別の語である。上肢、下肢を通す事である。どうしても、性の聯想があるのである。かう言ふさしぬき[#「さしぬき」に傍線]にしてつける袴(穿く裳でなく、絡佩裳《ハクモ》である)を、奴袴と書くも、故がある。むかばき[#「むかばき」に傍線]は、向佩きである。ばき[#「ばき」に傍線]の簡単化したもので、向ばきと、古いほど似て来る。脛に密着させるものは、筒袴とも言ふべきである。此が新しい意のはく[#「はく」に傍線]で、襲衣《オスヒ》上袴|裳《モ》だ。此は袴を括り上げる。脛ばきのはゞき[#「はゞき」に傍線]の原形は、此である。はゞき[#「はゞき」に傍線]の裾の下肢を括る処ばかりに作つた脚絆を、はゞき[#「はゞき」に傍線]といふ様になつて、さしぬき[#「さしぬき」に傍線]と改名した。
「脛にあげて」も、裾をまくり上げて、上肢の陰し処に近くからげるのだ。
常は、丁・丁女が、素足を隠すからだ。「はゞき裳」が、此であつて、下裳の上の表裳だから、おすひ[#「おすひ」に傍線]裳である。ひも[#「ひも」に傍線]は、ひも[#「ひも」に傍線]の緒の略らしい。正しくは、ひものを[#「ひものを」に傍線]である。ひれ[#「ひれ」に傍線]・ひらみ[#「ひらみ」に傍線]・褶を通用するのを見ると、頸越しに、爪先よりも長く垂れたので、ひらおび[#「ひらおび」に傍線]とするのは、後の民間語原説である。み[#「み」に傍線]は裳であらう。ひれ[#「ひれ」に傍線]・ひら[#「ひら」に傍線]は、ひかゞみ[#「ひかゞみ」に傍線]から出たひな[#「ひな」に傍線]の転のひら[#「ひら」に傍線]であらう。ひらみ[#「ひらみ」に傍線]が、ひれ[#「ひれ」に傍線]になつてゐるのだ。ひれふす[#「ひれふす」に傍線]のひれ[#「ひれ」に傍線]も平ではない。鰭も、はた[#「はた」に傍線]の先をいふのである。
向ばきは元、前だけ掩うたからか。「向脛に……」は此から出たか。早処女の前を示さぬ様らしい。此が後に、ひらみ[#「ひらみ」に傍線]となる。
「ひれ[#「ひれ」に傍線]かくる伴の緒」といふのは、采女・舎人・隼人等を斥したのである。舎人は、武官となつて、ひれ[#「ひれ」に傍線]を、形式にもつけなくなつたのだ。襲衣から分れぬ先のひれ[#「ひれ」に傍線]は、襲衣その物で、頭から被つて、前身を隠す様に垂れたのだ。だから殆、裸体である。槻の葉の散つたといふのは、実は、襲衣に「月経《ツキ》」のついてゐる事を歌うたのだ。誤解である。やまとたける[#「やまとたける」に傍線]と雄略とでは、こんなに違うて来たのだ。
槻の木は、月経その他の場合にこもる、つきごもり[#「つきごもり」に傍線](晦日の語原)の屋の辺に立つてゐたのだ。斎槻も其だ。「長谷のゆつきの下に」つま[#「つま」に傍線]を隠すといふのも、槻屋に籠らしたのだ。物忌みの為の、別屋である。月経を以て、神の召されるしるし[#「しるし」に傍線]と
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