見なして、月一度、槻の斎屋に籠らしたのだ。
神まつる屋は、すべて槻その他の木の下に作つた。こゝに月経の日を仕へるのを忘れて、月経の日に、忌みに籠る屋の様に考へたのだ。
月のはじめは、高級巫女の「つきのもの」の見えた日を以てした。月の発つ日で、同時に此が「つきたち」である。神の来る日が、元旦であり、縮つては、朔日であると考へた。
「はしり出」は、はしり[#「はしり」に傍線]出居で、戸を全部閉ぢた様にした、出居である。神迎へに出居る屋で、其上には、槻の木があつたのだ。昔の歌に、槻の歌の多いのは、槻屋の印象である。
「はなち出」は、戸ざしのない出居である。
「月読めばいまだ宵なり」・「この月ばかり」など、つき[#「つき」に傍線]といふ語には、聯想が多かつたのである。「月たちてまだ三日月の眉根かき」なども、三日月眉をいふのは、後世の技巧で、下には、古い修辞法「月経の日からまだ三日」といふ義を含んで、「眉根かき」が利くのだ。
「天ゆく月を綱にさし」も、月の蓋の外に、巫女の月ごもりなるものを、此新室の葛根もてする如く徴《サ》して、おのが者として、かづき臥し給ふといふので、床入り際の歌である。恐らく、皇子尊の新婚の褄屋の歌であらう。
業平の歌の「まだきも月のかくるゝか」にも、此風は廃れても、宴会の正座の人の床入りには、月を以て祝する風を、伝へてゐたのである。
「国栄えむと月は照るらし」も、転じて、殿ほぎに月を出したので、此夜は、主上・高級巫女同床せられるのだ。此日寓る御子を、神の子として、日つぎの御子の一人とせられるのだ。
殿は、安殿《ヤスミドノ》である。此日の行事を、神として、神女と、「やすみ(しゝ)せす」といふ。神事の最上であつて、神として、地上に暫し止りたまふ義である。平安朝の御息所は、御子を生んだ為、みやすみ所に侍り得るものとしたのだ。安殿は、寝殿即正殿である。後に清涼殿が、其となつた。
寝ることのやすむ[#「やすむ」に傍線]は、だから、およる[#「およる」に傍線]などの古い時代から残つたのだ。「安寝」は条件として、同床がある。安見子は、采女の名でなく、古くから、御息所の素地が出来てゐたことを示す語で、天子の、一度倖せられた女子を言うたのだ。村上の中宮を安子といふのは、既に「やすむ」の語義を忘れた為か、或は普通名詞の「やすみ」子を、中宮にも用ゐてゐたのか。
月読命の大食津媛を殺したのも、月はまれびと[#「まれびと」に傍線]だからだ。
すさのを[#「すさのを」に傍線]の場合は、阿波に下つたのだ。
保食神が、牲をつき[#「つき」に傍線]の血でけがしたのだらう。
安殿皇子の平城帝も、あで[#「あで」に傍線]でなく、やすみどの[#「やすみどの」に傍線]の皇子として、御湯殿に対する名の最後らしい。
「やす」といふ語根は、神の降り留る義で、八十といふ語には、その聯想が伴ふのである。其から、神事の人々の数を数へるのに使ふ。崇神紀の八十伴緒・八十物部・八十神などが古い。神の来てゐる間の、接待者の状態を言ふ様になつては、痩すとなり、やせうから[#「やせうから」に傍線]の転のせがれ[#「せがれ」に傍線]が、やつがれ[#「やつがれ」に傍線]とも、せがれ[#「せがれ」に傍線]ともなる。
八瀬の里人は、このやせ[#「やせ」に傍線]の語意から考へられたらしい。地方神事に「おやせ」といふのが出るのも、此だ。やつる[#「やつる」に傍線]・やつす[#「やつす」に傍線]のやつ[#「やつ」に傍線]も、此転音である。やつこ[#「やつこ」に傍線]も、家つ子と言ふより、此やす子かも知れぬ。痩男の細男と、聯想のあるのも此だ。やしよめ[#「やしよめ」に傍線]も、八瀬女でなければ、やせよめ[#「やせよめ」に傍線]である。神事に与る善女《ヨメ》であつて、桂あたりの販婦である。
安来・野洲川・八十橋など、皆神天降を言ふらしい。八十橋などは、天八十人をいふのは、合理的である。安井も天降井である。
やす[#「やす」に傍線]はふやす[#「ふやす」に傍線]などゝ、関聯して考へられてゐる。性的神事だからである。
やしなふ[#「やしなふ」に傍線]も、此か。神を湯・乳・飯で、居させ育み奉るのである。
安御食・安みてぐらには、増殖の義があるのだらう。埴安池・埴安彦などの名義は、土を水でやしなひ置くと共に、国土が拡がると見たのだ。埴安池の土を取つて、此を様々の象徴に作れば、当方が勝つ。埴安彦も其で、此を亡して、倭宮廷の力が増した。
やす[#「やす」に傍線]・やすら[#「やすら」に傍線]・やすむ[#「やすむ」に傍線]は、客神の新室に居てゑらぐ満悦の辞である。寿詞にも、其状を予期して祝する。
「うらやす《心安》の国」は、国ぼめの語で、八十島・八十国は、祝福を籠めていふのだ。大八洲も、やし[#「やし」に傍線
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