」に傍線]の天の羽衣も、舶来種でなく、天子をはじめ巫女たちも著用した物忌みの衣である。此衣をかけると神となり、脱げば人となる。此刹那の巫覡の感情が久しく重ねられて、竹取の原型なる叙事詩などにも織りこまれてゐたのであらうか。白鳥処女型の物語の、此側から見るべき訣は、柳田先生が、古く釈き明されてゐる。此物忌みの衣と、村の男となる前――恐らくは、第一次の元服なる袴着の際――に行うた母の手わざの印象とが相俟つて、衣服と皮膚との間に、蛇子の本身・化身の関係を絡めて居るのではないか。
小栗の物語と、要点比べの上に於て、もつと古く、純粋だと見える甲賀三郎も、蛇身を受けたのは、ゆゐまん国[#「ゆゐまん国」に傍線]の著る物の所為だとせられて居る。此獣身は、法力で解脱する事になつて居る。
やがて柳田先生のお書きになる「諏訪本地詞章」の前ぐりに、もどき役を勤めるやうで、心やましいのであるが、諏訪の社にも蛇子型の物語のあつたのが、微かながら創作衝動の動き出した古代の布教者や、鎌倉室町のふり替る頃から固定して、台本を持ち始めた浄土衆の唱導などから、段々、あんなにまで変形したのかも知れないのである。
地下のゆゐまん国[#「ゆゐまん国」に傍線]と言ふだけに、よもつへぐひ[#「よもつへぐひ」に傍線]を思ひ起す。異類同火を忌んだゞけでなく、同牲共食で、完全に地下の国の人となつた事を言ふのであらうが、本の国の人に還られぬ理由は、さうした方面からも説く事が出来るのであつた。前章にもあげた六角堂の霊験譚、鬼に著せられた著物の為に隠された身が、法力で其隠形衣の焼けると共に、人間身を表した男の話も、仏典の飜訳とばかりは見られない。
隠れ簑・隠れ笠が舶来種と見られるのも、無理はないが、簑笠は、神に扮する物忌みの衣であることは、日本紀一書のすさのをの命[#「すさのをの命」に傍線]追放の条を以ても知れる。在来種の上に、ぐあひよく外来の肥土を培ふのが、昔の日本人の精神文明輸入の方針であつた。無意識の心の動きは、此に一貫して居る。隠形の衣裳が簑笠になるには、かうした手順を潜つて来て居る。
御伽草子には、多少「蛇子型」の姿を留めたのがあり、微かに、小栗物語の我が国産なるを示してゐる。一寸法師の草子は、異形の申し子を捨てたのが、嫁を得て後、鬼の打出の小槌の力で、並みの人の姿になる様に変形してゐる。「鉢かづき姫の草子」では、
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