ふ。此事は却て逆に神自身が、偶像に近い形のもので、之を持ち出す事によつて、俄かに、威霊が活躍し出すと謂つたものではなかつたかと思ふ。たとへば神楽と最関係深い八幡神布教状態から見ても知れる様に、高良山神――武内宿禰と説く――に象つたと称する人形を先頭に立てゝ歩いたのであつた。その為、高良の大太良男大太良女《オホタラヲオホタラメ》[#(ノ)]神が、世間に知られて、大太郎《ダイタラ》法師と言ふものゝ信仰が行はれた訣である。八幡神を直に人形身で示した証拠がなくとも、其最側近なる神を偶像を以て表し、又其を緩慢にでも操《アヤツ》る事によつて、一種の効果を齎したものとすれば、石清水系統に神座《カグラ》のあつた事が考へられる。八幡神の如きも、大いに遊行する神であつて、宇佐から上つて、東大寺の大仏を拝した如きは、聖武天皇の朝の事で、其群行と主神の如何様なるものであつたかゞ、判断出来る訣である。
巡游伶人
神楽の神が旅をして、而もある種の文学を生みひろげて行く事を語つた。北御門へ来る神楽は、恐らく北方からくる神であつて、或はおなじ八幡に仮託せられる様になつたとしても、気比《ケヒ》の神らしい
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