はぐらかし[#「はぐらかし」に傍線]と、苦笑とを以て、一貫したものであつた。あきらめ[#「あきらめ」に傍線]はまだよい。世人に向つて、無責任な人生観を強ひもした。芸謡・民謡或は、文学作物が、此態度から生れたとしたら、どうしても、廃頽味を深くしないはずはなからう。新古今と後鳥羽院の作物が、愈進んで益《ますます》廃頽趣味に近づいた理由は、今までの長談義の中心にしてゐるものであつた。即、女房から隠者へ進み入つた世の姿が、其まゝ新古今及び遠島抄並びに、後鳥羽院以下の作物の文因をなしたのであつた。遠島抄といふ名、実は、後鳥羽院口伝と称する歌学書の異名なのをこちらへ移し用ゐる方が寧よい。

     七 遠島抄の価値 一部抄出

隠岐本新古今集の価値は、三矢先生と武田との解説に見える様に、新古今集の成立に細やかな見方を授けてゐる。こゝにも文学史との離れぬ関係のあることは、勿論である。所謂隠岐本は、正確には「新古今抄」を含んだ「新古今集」の最善本である。後鳥羽院蒙塵前の最終の姿を伝へた、謂はゞ決定版――版ではないが――とも見るべきものに、更に遠島抄(仮りに名づける)を得て書き込んだのである。だから、
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