境を中心にして「いろ好み」の情趣と、段々離れかけてゐたのだ。王朝末に寺家の作風から導かれた新しい文学態度だつたのである。
だから「心なき……」と言うても、反語を含んだ遠慮を表す意味のものではなかつた。春のけしき其他から刺衝せられて「心ある」状態に入る事の出来ぬ我からも、感じる事が出来る。わびしさ・寂しさを思ひ沁ませる風物の味ひを、概念式に知る事が出来ると言ふのである。かうした「こゝろ」がどういふ風に、新古今の作風に触れて行つたかを示す為に、私としての解説を加へて置かう。
人里遠い山沢《ヤマサハ》で、身に近く鴫《シギ》のみ立つてはまた立つ。此ばかりが聞える音なる、夕ぐれの水際に来てゐる自分だ。まだ純粋な内界の事実とはならない外的情趣。其だけは、古人たちの言ふ所が、此だなとまでは直観が起つて来る。かうした事が、少し誇張せられて出てゐるのである。
「鴫たつ沢」の、地名でないと言ふ説が、有力になつて居る。けれども、歌枕の上の固有名詞と言ふ物ほど、あやふやなものはない。一度歌の上に有力に用ゐられたものは、歌枕となり得たのである。歌枕に入れば、実景を背景にして固有名詞感を持たせる様になる。鴫たつ沢
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