あつた。其事が、却つて思はぬ方向で、幽玄は、神秘でもなく、妙不可説でもない事を証明する作品を生んだ。自然に持つた様な理会で、人にも対してゐた。自然其物に向つても、人に対する如き博い心と、憐みとを持つことを得た。俊成の「鶉なくなり」の歌は、其かみ俊慧法師の加へた批判を、今も変へる事の出来ない弱点を備へてゐる。「花も紅葉もなかりけり」の定家の自讃歌も「浦の苫屋」又は「秋の夕ぐれ」の語の持つ歌枕式の、知識感銘を忘却した後世では、どう心持ちを調節しても、野狐禅衆の幻としか見えない。
「心なき身にもあはれは知られけり」も、その一類の主義から生れた文学である。が、西行として見れば、活路はある。「心あらむ人に見せばや」の本歌の「津の国の難波わたりの春の眺め」を見た時、自分の外にも話せる相手を思うた本歌に、敬虔な気持ちで対したのである。能因が歌枕を書いた――?――時代と、西行の時勢とでは「心あり」といふ語の用語例も非常に変化した。抽象化せられ、理想化せられた其内容は、前にも述べたとほりである。西行自身などを典型的なものとせなければならぬ生活情調を意味する事になつて来た。「心ある」状態が「あはれ知る」心
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