る事であつた。だから、連歌が文学となり、和歌は学問と考へられた。連歌を作る為にも、学問として、短歌及び其系統の物語を修めねばならぬと信ぜられた。さうして、誹諧は連歌に対して、段々に、其昔、連歌が和歌の余興であつた様な位置に直つた。
新古今同人が俊成の発見を具体化したのが、其前の恋歌である。彼等は描かうとするかはりに、文章の渦まきに捲き込まうとした。倭魂をつきつめて得ようとした。即いろ好み[#「いろ好み」に傍線]の生活を歌に表すのである。恋歌を作るのに、様々な複雑な状態の心理をも考へねばならぬ様に恋の題は殖えてゐた。一方古く歌の主題の向ふ至極地は、恋愛にゆかねばならぬ様になつて来てゐた。其故、恋はすべての歌の枕である様に考へられ、恋歌気分を総ての歌に、被せようとして来た。其が最著しく本質的に恋歌気分を纏綿させる様になつたのは、此集である。恋歌を主題として、幽玄に徹しよう試みに進んだのである。
隠者階級の種蒔き鴨長明には、先輩があつた。俊頼の子の俊慧法師である。家学の伝統に執する必要もなく、神仏にも著《ヂヤク》せず、当代の歌人に対しても、自由につき会つて居たやうだ。俊頼のたゞごと[#「たゞ
前へ
次へ
全76ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング