せようとして、不思議な作物などを残した。あゝした師範家の意識は、俊成にも動いて居たのである。前に掲げた藤原忠良の歌や、若い頃の良経、或は式子内親王、殊に著しく宮内卿に出た歌風、さうして新古今の基調になつた感覚的な描写態度と、緊張した語感との調和は、恐らく彼の唱導の最適合した時代の好みでもあつたのだらう。彼はねつとり[#「ねつとり」に傍線]調と、たけ[#「たけ」に傍線]高調とを融合させ、艶なる境地に達しようと目ざした。
唯えんに[#「えんに」に傍線]と言ふ語の用語例の多方面であつたことが、概念を煩してゐた。「艶」の字を宛てる程、美しい方面へ傾いて来てゐた。「言はゞ不得《エニ》」――言はうとすれば言へないで――の句の固定した形えに[#「えに」に傍線]の変形だと言ふことは忘られて来た。唯の「妙不可説」の意にもとり「不可説の美」にも通じ、解説・飜訳以上のものと言ふ義にもとれた。かうした術語の不精確から、伝統は幾つにも岐れるのが常だ。動揺してゐる日常語によつて、学術上の概念を定めたので、歌の様態の上の幾種かの型は、所謂三歌式以来、各家|皆《みな》術語を異にして居る。其が平安末に、流派々々が明らか
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