見わたせば、武庫の泊りゆ 出づる船びと(同)
磯齒津《シハツ》山 うち越え来れば、笠縫の島漕ぎ隠る ※[#「木+世」、第3水準1−85−56]《たな》なし小舟(同)
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殆どすけつち[#「すけつち」に傍線]風の写生である。かうした初歩の写生は、詩歌の上には値うちの低いものであるが、藤原[#(ノ)]都の時代に、かうした主観を離れて了うた様な態度に入る事の出来たのは、此人の発明の才能が思はれる。情景相伴ふのは、日本の短歌の常になつては居るが、其が発生したのは、古代の詩の表現法をひた押しに押し進めたゞけであつて、天分の豊かな人が此上に、自分の詩境を拓いたのに過ぎない。歴史的に不純な物の多い宴歌の形を、殆ど純粋といふ処まで推し進めたのは、驚いてよい事だ。此も朗かさが持つ自在の現れであらう。
一〇
赤人になると多少概念と、意図がまじる様である。「田子の浦ゆ」の歌を見ても、没主観は右の黒人の歌に似てゐるが、「ま白にぞ……雪はふりける」と言ふ処に、拘泥が見える。
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み吉野の象山《キサヤマ》の際《マ》の木梢《コヌレ》には、許多《コヽダ》も騒ぐ鳥
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