進国から見くびられまいと努める表向きの繕ひや、文化の敷き写しに力を籠めてゐた時である。而も、今までの粗野で、寂しい、狭い量見を持ち合うてゐた世間観が改まつて、急に明るみへ出た様に、民族性がはなやかに張つて来て、広い心を持つて、強く歩く事を知つて来た時の様である。時代の中心勢力は空疎な概念で働いて居ても、はでやかな時代の流れが世間を浮き立たせて、快活な生を味はしめ、社会の底に自信力を動き出さしめる。此は、秀吉在世当時を見ても、綱吉在世の時代を見ても、明らかな事である。うはついた時代だからと言うて、国民生活が悪く傾くとは言はれない。却つて小さな善悪をのり超えた、張り充ちた社会意力が出て来る事が多いのである。民族なり、国民なりの側から見れば、讃美してよい時勢だと言へる。だから、持統天皇及び其周囲の豪華な生活が、俄かに、国の生活に張り合ひを感じさせ、案外に良い結果が来た。大抵、さうした場合、一等其利益を受けるのは芸術である。此時期に、人麻呂が出たのも不思議はない。でも、其時勢を、すぐに明治の鹿鳴館が象徴した世相と一つに見てはならぬ。
古代からの社会組織は、既に天智・天武の御宇の剛柔二様の努力で
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