歌は出来て来たが、其までは皆相手を予想して居た。其も一人の恋人を対象とした様な作物は、後世の※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]家の空想によつて、万葉集中に充満して居る様に思はれて来たが、ほんとうは大抵多人数の驚異をめど[#「めど」に傍点]に据ゑた、叙事脈の抒情詩であつたのである。旅行中に家人を恋しがつた歌の多くは、同行の旅人の共通の感情を唆る処に立ち場があつたのだ。其等の歌は、旅のうたげ[#「うたげ」に傍線]の席で謡はれ、よく人々の涙を絞つて、悲劇の中に、生の充実と、人情の普遍を感得して、寂しい歓びを味ふのと似た慰みを感じさせれば、其歌は都の人々の口に愛誦せられる様になる。現に万葉集の覊旅歌や相聞の部に収めたものゝある部分は、さう言つた道筋を通つて、世の記憶や、記録の上に、簡単ながらある生活の俤を留めたのである。
一体、旅のうたげ[#「うたげ」に傍線]はどう言ふ時に行はれたか。私は、古代の遺風として、後飛鳥期に入つても、新室のほかひ[#「ほかひ」に傍線]は厳重に行はれ、たとひ一泊するにしても、新しく小屋をかけ
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