詠む事に価値を認める心を養うて居た。此が日本の叙景詩の始まりである。又歌における純客観態度の成立する様になつた原因なのだ。

     五

其考へられる原因は旅行である。国家意識の盛んになつて、日本の版図の中を出来るだけ見ようとする企ては、後飛鳥期から著しくなつて来る。伝説的には遠方に旅した貴人の行蹟は語られてゐるが、多くは遠くより来り臨んだ邑落時代の神の物語の、人間に翻案せられたものである。
遠国への旅行が、わりに自由にせられる様になつたのは、国家意識の行き亘つた事を示してゐる。此は前飛鳥期からの事で、東国のある部分を除けば、西は九州の辺土も、あぶない敵国の地ではなくなつた。
併し、地方官や、臨時に派遣せられる官吏たちの見聞が、直に彼等を動かして、叙景詩を発明させたと言ふ事は出来ない。天子の行幸も段々かなり遠方に及ぶ様になつた。狩り場に仮小屋を構へても、家居の平生に見る外界よりは、刺戟の新なものがあつた。「家なる妹」を偲ぶ歌ばかり口誦して居られない様に、徐々に叙景の機運が向いて来た。
其又妹を偲ぶ歌も、実は純粋に自分を慰める為のものではなかつた。奈良朝も末になつて、おのれまづ娯しむ
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