ぐりの 中つ枝の 含隠《フゴモ》り 赤《アカ》れる処女《ヲトメ》。いざ。さかはえな(応神天皇――日本紀)
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此などは全く、案を立てたものでない事が明らかだ。「いざあぎ」は語頭の囃し語で「いざ人々よ、謡ひはじむるぞ。聴け」と言ふ程の想を持つたのが固定して、あちこちの謡につくのである。
野で逢うた処女に言ひかけた歌であらう。――酒宴の節、髪長媛をおほさゞきの命[#「おほさゞきの命」に傍線]に与へようとの意を、ほのめかされたのだとする記・紀の伝来説明は、歌にあはない。此は、さうした事実に、此歌の成立を思ひよそへた大歌《オホウタ》(宮廷詩)についてゐた説明なのであらう。
野に見た処女の羞らうて家も名もあかさぬのに言ひかける文句をまづ、蒜《ヒル》つみから起して、一本立つ花の咲いた橘の木に目を移し順々に枝の様を述べ、恐らく其枝々の様子を、沢山の少女はあるがどれもこれも処女ではないのを不満に思ふ心に絡まし、直に主題に入りかねて、対句を利用した後、稍《やや》考への中心は出来て来たが、やはり躊躇しながら、中つ枝の様子を述べてゐる。此が却つて、外的には注意を集めるだけの重々しさを出
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