の影響が加つて、物尽しの外に日本の歌謡の一つの型を作つたのである。

     四

物尽しの、古代に於て、一つの発達した形になつたものは「読歌《ヨミウタ》」である。此は、節《フシ》まはしが少くて、朗読調に近いからだと説かれて来たのは、謂はれのないことである。さうした謡ひ方は、古代から現今まで言ふ所の「かたる」と言ふ用語例に入るのである。「よむ」の古い意義は、数へると言ふ所にある。つまりは、目に見える物一つ/\に、洩らさず歌詞を託けて行く歌を言ふので、後には変化して、武家時代の初めからは「言ひ立て」と称せられてゐる物の元となつたのである。今の万歳の柱ぼめ・屋敷ぼめの如く、そこにある物一々に関聯して祝言を述べ立てる歌であらうと思ふ。ほぎ[#「ほぎ」に傍線]歌の一種、建て物に関したものが、後には、替へ歌などが出来て、読み歌の特徴を失ひ、唯、調子だけの名となつたが、尚「言ひ立て」風の文句を謡うたものと思はれる。
ほぎ[#「ほぎ」に傍線]の詞には、歌になつたものと、やゝ語りに近いものとがあつた。前者がほぎ[#「ほぎ」に傍線]歌であつて、後者は寿詞《ヨゴト》と称せられた。寿詞は、祝詞の古い形を言ふので、発想法から、文章の目的とする相手まで、祝詞とは違うて居る。よごと[#「よごと」に傍線]は生命の詞、即「齢詞《ヨゴト》」の義が元である。
寿詞の中、重要なものは、家に関するものである。新室ほかひ[#「新室ほかひ」に傍線]或は、在来の建て物に対しても行はれて、建て物と、主人の生命・健康とを聯絡させて、両方を同時に祝福する口頭の文章である。柱や梁や壁茅・椽・牀・寝処などの動揺・破損のないことを、家のあるじの健康のしるし[#「しるし」に傍線]とする様な発想を採る所から、更に両方同時に述べる数主並叙法が発生した。だから、天子崩御前の歌に、建て物の棟から垂れた綱を以て、直に命の長いしるし[#「しるし」に傍線]と見る寿詞の考へ方に慣れて、屋の棟を見ると、綱の垂れて居る如く、天子の生命も「天たらしたり」と祝言する様な変な表現をしてゐる。天智の御代のことである。
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天の原 ふり放《サ》け見れば、大君の御命《ミイノチ》は長く、天たらしたり(倭媛皇后――万葉巻二)
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此表現の不足も寿詞に馴れた当時の人には、よく訣つたのであらう。
寿詞は、常に譬喩風に家のあるじの健康をほぐ[#「ほぐ」に傍線]が、同時に建て物のほぎ言[#「ほぎ言」に傍線]ともなるのである。かうした不思議な発想法から、象徴式の表現法も生れ、隠喩も発生した。勿論直喩法も発達した。併し、概して言へば直喩法は、後飛鳥期にもあつたが、藤原期の柿本人麻呂の力が、主としてはたらいて、完成した様である。
隠喩及び象徴法は、寿詞の数主並叙法から発生したと言うてよいが、尚他にも誘因があるとすれば、前の出まかせの叙述法が其である。此並叙法を寿詞が採る様になつた根本理由は、今は述べない。日本文学の発生を論ずる文章で、近く発表する心ぐみである。
顕宗天皇の伝説で見ても、室寿詞が一面享楽的な文章を派生してゐる様子が見える。神に扮した人が、神の資格に於て、自らも然う信じて新室に臨んだ風が、段々忘れられて、飛鳥朝の大和辺では、其家よりも高い階級と見られる人が賓客《マレビト》として迎へられ、舞人の舞を見、謡を聞く事は勿論、舞人なる処女を一夜の妻に所望して、その家に泊つた事は、允恭紀に見える事実である。新室のほかひ[#「ほかひ」に傍線](ほぎ――祝福)が、段々「宴《ウタゲ》」と言ふ習俗を分化した元となつた事は、此ほか万葉集などを見ても知れる。
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新むろを踏《フム》静子《シヅメコ》(?)が 手玉ならすも。玉の如《ゴト》 照りたる君を 内にと、まをせ(万葉集巻十一)
新室の壁草刈りに、いましたまはね。草の如 嫋《ヨラ》へる処女は、君がまに/\(同)
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此旋頭歌は、もはや厳粛一方でなく、ほかひ[#「ほかひ」に傍線]の後に、直会《ナホラヒ》風のくづれ[#「くづれ」に傍点]の享楽の歌が即座に、謡はれた姿を留めて居るものではないか。歌垣のかけあひ[#「かけあひ」に傍線]に練り上げた頓才から、室の内外の模様に出任せに語をつけて、家あるじの祝福、賓客《マレビト》の讃美などの、類型式ながら、其場の興を呼ぶ事の出来る文句が謡はれる風が出来て来た。其が家を離れない間は、単なる叙景詩の芽生えに過ぎないといふ点では、道行きぶりや、矚目発想法や、物尽しから大《タイ》して離れることが出来ないばかりか、性的な興味を中心にする傾向に向ひさへしたらう。処が古代人の家屋に対する信仰や習癖が、特殊な機会に、古くから外界に向いてゐた眼を逸らす事なく、譬喩化する事なく、人事以外の物を
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